「衛星データが暮らしの一部となる社会を目指して」 JAXA「だいち4号(ALOS-4)」有川プロジェクトマネージャ

2024年06月25日

宇宙航空研究開発機構(JAXA)の地球観測衛星「だいち」シリーズは、地図作成・地球観測・災害状況の把握・資源探査など幅広い分野での利用を目的に、2006年に初号機が打ち上げられました。現在は合成開口レーダを搭載した「だいち2号」(ALOS-2)が運用され、その観測データは災害や森林状況の把握に役立っています。
新技術を導入しさらに性能が向上した後継機「だいち4号」(ALOS-4)の打ち上げを前に、JAXA筑波宇宙センターにて有川善久プロジェクトマネージャへお話を伺いました。

だいち4号はだいち2号の高い空間分解能(3m)を維持しつつ、観測幅を4倍に拡大進化しました。これによって、災害などにおける観測データの有用性はどのように向上するのでしょうか。

災害時の観測について能登半島を例にすると、半島の先から付け根まで対象領域を全て観測するためには70㎞から100㎞程度の観測幅が必要になります。現在運用しているだいち2号の観測幅50㎞では足りず、実際にだいち2号は観測に1週間程を要しました。もしだいち4号があれば一度に全ての対象領域を観測することができ、迅速に災害状況の把握ができたのではないかと感じています。
観測幅の拡大によるもう一つの利点として、観測頻度の大幅な向上があります。日本列島の観測頻度を例にすると、だいち2号は年4回程度の観測です。季節変動を捉えることはできますが、それよりも短い周期での変化を捉えるのは困難でした。だいち4号は年20回程度の観測を予定しており、最短で2週間に1回変化を捉えられます。
東日本や能登の震災観測を例にすると、発災の1年ぐらい前のデータを用いて地殻変動を抽出することがありました。すると、地形の変化が災害によるものなのか、それとも土地開発など人為的な要因なのかという点を人の目で見極める必要がありました。今後はだいち4号が最短2週間ごとに変化を捉えることで、なるべく人の目を介さずに効率的に災害に関連する情報のみが抽出できるようになることを期待しています。

  • 精度の面からも、年間20回という観測がポイントになります。
    SARデータの主な利用は干渉SAR解析です。これは、2時期観測の差分によってcmオーダーの地殻変動を計測できる技術ですが、年20回程度の観測を使って時系列に解析を行い誤差を除いてやると、㎜オーダーの変動まで検出できるようになることがわかっています。つまり、だいち2号では㎜オーダーの地殻変動を把握するために5年間の観測データを蓄積する必要がありましたが、だいち4号では1年間で把握できます。これは防災ユーザーの皆さんから非常に有効だと伺っています。
    我々は、災害の多い日本だからこそ、災害に役立つだいち4号が必要だとお伝えしていますが、観測頻度が上がることで、災害以外の用途にも非常に有用だと考えています。例えば農業では稲の生育状況を人の手を介さず把握できます。また、短期の変位を把握することで地盤沈下、公共測量やインフラの老朽化対策など、従来、人の手で行ってきたことを、だいち4号の観測データの利用に置き換えることで、ある程度効率化できる可能性があります。もちろん、そのためには国の制度変更が必要な場合もあり、技術と制度と両輪で対策を取らなくてはなりません。そのために我々がやるべきことは、衛星データの精度向上がもたらす効率化と、それが社会へ与える変化を技術的に見せることだと考え、関係各方面への働き掛けを行っています。
  • JAXA 有川プロジェクトマネージャ

また、観測領域が広くなるとダウンリンクも重要です。
だいち4号のデータ伝送は2系統あり、地上局へ伝送するKaバンド伝送アンテナは最大で3.6 Gbpsと、だいち2号のXバンドと比較して4.5倍高速です。観測幅が4倍になっても、だいち2号とほぼ同じ時間でダウンリンクできます。もう一つの武器が、光衛星間通信システム(LUCAS)です。静止衛星経由の速度は1.8 GbpsとKaバンド伝送アンテナの半分の速度ですが、衛星が地球の周りを100分程度かけて周回するうち、地上局との通信時間は10分程度のところ、静止衛星との通信時間は平均40分程度確保でき、大容量のデータを伝送できます。
通信に関しては、だいち3号で予定していたいくつかの実証ができなくなり、LUCASを担当するプロジェクトからも「だいち4号頼むよ」と言ってもらっています。Kaアンテナも、当初はだいち3号で1.8 Gbpsの軌道上実証を行ったうえで、だいち4号は周波数帯域を2倍にして3.6 Gbps伝送を行う予定でした。「だいち3号で築いた技術が本当に宇宙で役に立つことをだいち4号で実証してほしい」と、開発担当者からも言われています。

だいち4号が打ち上ると運用中のだいち2号との2機体制になります。2基体制のメリットを教えてください。

LバンドSARセンサの衛星2基による並行観測は、世界初です。そのため我々もまだアイディアレベルですが、いろいろと考えていることがあります。
2基の軌道は、先行するだいち2号をだいち4号が追いかけるような格好です。観測幅は、だいち2号が50㎞、だいち4号は200㎞です。
この観測域を東西に並べると、200㎞~250㎞の幅を一度に観測できます。南海トラフのように範囲が800㎞~1000㎞に及ぶともいわれる未曾有の大災害などの衛星1基では観測しきれない領域を、2基並行して広く観測できるのが一つ目の利点です。

  • 二つ目は、2基が同じ地点を観測する場合です。
    火山噴火や地震の緊急観測において、干渉SAR解析による地殻変動を迅速に計測するために、だいち2号とだいち4号の観測を組み合わせることが効果的です。少し技術的な説明となりますが、SAR衛星は斜めに観測し、電波が往復する時間の差分を測っています。例えば、だいち2号が左斜めを向いて観測を行い、だいち4号が右斜めを向いて観測をすると、地殻変動を異なる方向から計測することができます。この左観測と右観測の成分を組み合わせることで、干渉SAR解析で得られる情報量を高めることができます。
  • 「だいち4号」による地殻変動検出イメージ

三つ目は、移動物体の変化抽出の可能性です。 例えば海上の船舶や陸上の移動物体を対象に、1基目が撮像した数十分後に2基目が撮像し、その画像を比較します。すると、海上ないしは陸上にある物体が移動していることがわかります。つまり、従来はその物体の存在しかわからなかったものが、どの方角へどのぐらいの速度で移動しているのかという速度ベクトルが判別できる可能性があります。まだ研究レベルのため実際の2基体制でオペレーショナルには行っていませんが、これができれば様々な用途への可能性を秘め、衛星利用の幅が広がると考えています。 だいち2号も設計寿命を大幅に超えた観測を継続していることを背景に、 今後、だいち4号程度の観測幅の衛星がもう1基あれば、400㎞を一気に観測できる素敵な世界が広がるのではないかと思っています。

だいち4号と小型SARコンステレーション、それぞれの役割はありますか。

小型衛星、大型衛星それぞれにできることがあります。だいち4号で言うと、広い観測幅で日本全体をカバーでき、安定した軌道に基づく安定した干渉SAR解析が年間20回程度蓄積できるということです。
SAR衛星はやはり干渉SAR解析が肝心です。また、50 cmを切るような非常に高い分解能も大事です。だいち4号で2週間に1回撮りためていき、干渉SARで見えた土砂崩れやインフラのゆがみなどの変位を、民間の小型コンステレーションや国の防災機関に活用して頂き、関心地点を重点的に観測するような役割分担が必要ではないかと私は考えています。
まだこのような枠組みについては十分な議論に至っていませんが、だいち4号がまずオペレーショナルになって、その次に広がる世界だと思っています。

「だいち」は陸域のイメージが強いですが、実は海洋観測への貢献も期待されていると伺います。

  • ここまでSARに注目してきましたが、だいち4号はAIS(船舶自動識別装置)も進化しています。
    従来のSPAISE(衛星搭載船舶自動識別システム実験)はAISアンテナを1本搭載していました。そうすると、広い海のAIS信号を受信することはできますが、船が混雑してるエリアからの信号を取り漏らすことがあります。だいち4号は8本のAISアンテナを搭載し信号を地上でデジタル的に処理することで、混雑しているエリアの船舶も取り漏らさずに観測できます。すると、AIS信号を出していない船をSAR画像で発見するような役割を分担した観測ができます。
    これらのAIS情報とSAR画像をセットで政府機関へ提供しご活用いただくということになります。
  • AIS利用イメージ

だいち4号のSARの観測計画では、海洋はオンデマンドに観測を行う予定です。シーレーンなどの重点エリアに特化して、SARとAISで同時に観測する計画を立てています。
海洋監視で主に使われるSARの広域観測モードは、実は700㎞もの観測幅が可能です。分解能が25 mに下がりますが、広範囲にAISのデータと重ね合わせることができ、海のパトロールに有効です。このような陸とは異なる海洋での役割も大きいと思っており、それらを踏まえて、大型衛星の必要性を強くアピールしたいと考えています。だからといって小型衛星コンステレーションが不要ということは全くなく、両者の長所を生かすことが大切です。
具体的に、船舶を例にしましょう。だいち4号が深夜もしくは正午に海洋を観測し、700㎞観測幅のSAR画像とAIS信号を提供すると、特異な船舶を見つけることができます。そこを観測頻度や解像度の高い小型衛星コンステレーションで観測するような、だいち4号を中心としたタスキングシステムを作ることが必要だと思っています。それは、イタリアやカナダのような海外宇宙機関の衛星との連携の良さも当然ありますが、やはり我が国が持つ宇宙アセットによる相互の連携が求められるのではないかと思っています。

だいち4号の打上げに向けた意気込みをお願いします。

だいち4号の完成へ至るには、JAXAの力だけではできず、関係各社の様々な最先端技術がここに結集されていると思っています。
SARのアンテナもAISのアンテナもしかりで、開発の中ではいろいろな苦労困難もありました。それを一つ一つ関係各社とJAXAが一緒になって乗り越えて、本当に世界に誇れる人工衛星だいち4号ができたと思っています。
私はだいち2号の開発にも携わっていましたが、だいち2号という“できる兄貴”を持ち苦労しました。「兄貴よりも良い衛星を」というプレッシャーも感じながら進めてきた開発だと思っています。そして今、だいち4号は、性能面も品質も向上し、兄貴よりも更に良い衛星となって達成してくれると思っています。
何よりも、畳まれているSARアンテナの白い裏側や太陽電池パドルの様子を種子島で見ると、ものすごく綺麗なんです。私は常より「いいものは美しい」と思っているので、本当にいいものが出来上がった事を誇りに感じています。娘なのか息子なのか、なんだか嫁入り前の子を持つ親のような気持ちです。手塩にかけてここまで育ててきたという思いもあります。

  • JAXA 有川プロジェクトマネージャ
  • 種子島宇宙センターで打上げを待つだいち4号

もう一つは、やはり社会の役に立つ衛星だと思っていることです。
だいち4号が打ち上がると、世の中の仕組みが変わるのではないかという期待を持っています。打ち上げ後は、まず3か月かけて衛星のチェックアウトを行い、その後3か月かけてSARとAISのデータを校正検証して使えるものにすることを予定しています。なるべく早く皆さんに使っていただける形にして、社会実装されるような衛星にしたいと考えています。
これまでだいちシリーズのデータを使用していただき、また、プロジェクト関係者がここまで育ててくれたおかげで、だいち4号に対する期待感を私もすごく感じています。本当に皆さんから期待してる、楽しみにしてるという声をいただけるのは本当にありがたいです。着実な運用と準備を行い、確実に皆さまからの期待に応えられるようにしたいと、気を引き締めて打ち上げに臨みたいです。
私の夢は気象衛星ひまわりのような社会定着する衛星にしていくことです。朝晩天気予報を見るように、1週間に1回ぐらい地盤の変化を見て、土木関係者や自治体の方々が、今日はどこへパトロールに行こう、どこを測量しよう、どこの農地や森林を確認しよう、と参考にする存在になるよう浸透させたいです。そのように、人々の生活や社会の一部にしていきたいですが、そのためにはまだもう一息。ここからが正念場ですので、引き続きRESTECをはじめデータ利用各社のお力添えをいただきたいです。
私は鹿児島出身ですが、天気予報を見て桜島上空の風向き情報で洗濯物を干す判断をします。例えば海水温図がお魚屋さんの役に立ち、例えばAISで船舶位置を把握してパトロールの立案をするように、一つでも二つでも生活に組み込まれる事例が増えるように、努力していきたいです。

だいち4号には、いろいろな方の思い、気持ちがこもっていると前向きに捉えて打ち上げ準備に励んでいます。一緒に応援をよろしくお願いします。