地域で広がる衛星データ利活用のご紹介 地場企業の現場の声とともに
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株式会社ネスティの山西と申します。
福井県民衛星プロジェクトで衛星データ利活用事業に関わり、10年ほどになります。
本日は、まず当社と福井県民衛星プロジェクトおよび県民衛星「すいせん」についてご紹介いたします。続いて、当社の衛星データ利活用事業、研究開発への取り組みをお話しします。後半は事業のきっかけや、ソリューション開発に至るまでの経緯、そしてビジネス化に向けて少しずつ前進してきた実体験などをお伝えしたいと思います
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会社紹介
ネスティは、福井に本社のあるソフトウェア会社で、創業40年以上をほこる地場では老舗に近い企業です。従業員は100名程おり、福井に本社、東京五反田に事業所を構えて、日本全国に事業を展開しています。
当社の事業として、スポーツクラブ向け管理システム「PeGasus」シリーズと、人材派遣業向け基幹システム「Gスタッフ」シリーズがあります。
「PeGasus」は、日本全国のスポーツジム1,000拠点以上に導入いただいている業界シェアトップの大きな事業です。また、「Gスタッフ」も日本全国300拠点以上への導入実績があります。これら2つの既存事業をベースに、衛星データの利活用を3つ目の事業として据えようと、10年ほど取り組んできました。
福井県民衛星プロジェクトおよび県民衛星「すいせん」の紹介
我々が衛星データの利活用事業へ参画したのは、福井県の政策である福井県民衛星プロジェクトがきっかけです。
福井は、メガネや繊維などを主要な産業として発展してきましたが、新たな産業の創出を目指し、宇宙分野に着目しました。この取り組みは2015年から産学官連携のもとで進められています。0から学びながら、自治体初の人工衛星として「すいせん」を打ち上げ、エンジニアのトレーニングや、試験設備の整備などを進め、データ活用に取り組んできました。2016年には推進組織として福井県民衛星技術研究組合が設立されています。当社は、組合の製造開発とデータ利活用の2グループのうちデータ利活用へ参画し、事業開発に着手してまいりました。
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データ利活用や事業創出に向けたさまざまな取り組みを進める中で、衛星データが現地確認業務と非常に親和性が高いことが分かってきました。そこで、現地調査やパトロール業務を支援することをコンセプトに、ソリューション開発を進めてきました。「すいせん」以外の衛星データや地上データも組み合わせて地上の変化を検知し、行政が行う様々なパトロール業務を支援する仕組みを提供することで、業務負担の軽減や効率化に寄与する —そのような方向性で、ようやくソリューションの方向性が定まりつつあります。
「すいせん」は、2021年3月にカザフスタンのバイコヌール宇宙基地から打ち上げられ、初期運用を経て現在も観測を続けています。打ち上げの時は、県内施設でも大々的にイベントが行われ、大変盛り上がったことを覚えています。 -
衛星データ利活用ソリューションの紹介
農業、防災、森林の3つの分野で具体的な形となったソリューションについて簡単にご紹介します。
転作確認支援ソリューションは、農業行政を対象としたソリューションです。経営所得安定化対策という、行政から農家に対し、作物に応じて補助金を支払う制度があり、申請された作物の現地確認を自治体が行います。
福井県内の自治体の事例では、確認が必要な圃場が6万筆以上にのぼり、現地確認は大きな負担を伴う非常に大変な作業となっていました。そのため、現地確認を要する圃場数の削減や、事務処理の効率化に関する強い要望が寄せられていました。こうした課題に対し、ソフトウェア企業として当社が従来から培ってきたノウハウと、「すいせん」プロジェクトを通じて得た衛星データ活用の知見を組み合わせたソリューションを提案しています。具体的には、タブレット上に圃場を表示して、現地確認から申請データまで出せるような仕組みを整えました。
従来は自治体職員の方が紙の地図を使って、地域の農家組合長やJAの方などを伴って廻っていましたが、同行者との調整を要したり、担当エリアの問題で効率的に廻れなかったり、かなり手間を要することもあったようです。システム導入後は、ルート計画や現在地確認が容易になり、職員の方が一人で現地確認を行うことができるようになりました。
経済産業省の補助事業を活用して開発し、現在は県内自治体に実費利用いただけるところまで進んでいます。この取り組みは、地方紙にも取り上げられました。記事内では、お客様より300万円超の経費削減や現地確認作業は72%省力化したと評価いただきました。
ふたつ目は農地パトロール支援ソリューションです。各自治体の農業委員会が主体となって、農地が適切に管理されていることを確認する業務ですが、直面している課題は転作確認同様です。県内自治体の事例では、確認を要する圃場数が約20万筆にも及び、従来は紙の地図を用い、場所が不確かな圃場については地域の方々の協力を得ながらパトロールを行っていました。こうした状況に対し、衛星データを活用して確認が必要な圃場を抽出し、申請書作成を含む事務処理を支援する仕組みを構築しました。今では、農業委員がタブレットを用いてパトロールした内容は農業委員会の事務局で閲覧でき、事務書類の作成を支援するサービスまでを提供しています。
このソリューションは県内自治体と共同開発という形でソリューションシステムを構築し、実際にお客様に利用・評価いただいております。地方紙の記事では、農業委員6割、事務局職員9割の負担軽減に期待と取り上げていただきました。現在、農業委員の負担軽減については十分確認できたので、事務局職員の負担軽減のための機能拡張や開発を進めながら、新たな自治体にも導入いただいているところです。
農地パトロール支援ソリューションについても、開発には経済産業省の補助事業を活用しています。
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転作確認支援ソリューション -
農地パトロール支援ソリューション
災害分野では、山地や中山間地域における災害パトロールを支援するソリューションを提供しています。
災害時のみで活用されるソリューションでは、平常時の費用負担に対するご意見もあることから、災害時だけでなく、平常時にも活用できる仕組みを整備しました。
現在では、そのような形で県内自治体にご利用いただいています。
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災害時は、被害が発生していそうな箇所を衛星データなどでピックアップし、パトロールが必要な場所を可視化します。この結果は行政組織を横断し、関連部署で共有できる仕組みになっています。
さらに、確認後の事務処理サポート機能も備えています。従来は、自ら地図を作りリストを作成し、紙でチェックしたものを庁内システムへ入力する必要がありました。このソリューションでは、タブレットを使って現地を撮影し入力することで、事務処理用の書類作成までできるようになっております。
定常時は、防災観点のパトロールでの利用いただいています。例えば、森林伐採の確認や違法開発のチェックなどでも利用できるようなソリューションを提供しています。こちらも、県内自治体と一緒に開発し、高い評価を頂いています。農地パトロール同様、随時コメントをいただきながら、機能拡張を進めています。 -
山地及び農地災害確認支援ソリューション
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最後に、森林モニタリング支援ソリューションをご紹介します。
自治体は、広大な森林を対象に、伐採地や森林開発の確認のほか災害や違法行為の有無などを、限られた職員でパトロールしています。衛星データを活用して森林域の変化を可視化し、さらに森林計画図や伐採届の情報を重畳して、現地確認の必要性をチェックできる仕組みを提供しています。
対象となる山中すべてに林道や作業道が整備されているわけではありません。もともと広域的に把握することが困難なうえ職員数も減少する中で、どう効率よく廻るかというお話がありました。そこで「すいせん」を使ってある程度広域的に変化を見て、確認が必要な個所をピックアップして効率よく廻るような使い方になっています。当然、衛星データだけではパトロールの際に必要な情報は賄えないところもありますが、自治体が保有している航空レーザー測量などのデータもシステム上で重畳し、様々な情報を1つの画面でご確認いただける形で提供しています。 -
森林モニタリング支援ソリューション
その他の取り組みの紹介
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福井県の事業として行っている、もう一歩進んだ農業利用に関する研究開発2件をご紹介します。どちらも福井県の農業試験場と連携し取り組みを進めています。
ひとつ目が、福井のブランド米「いちほまれ」の衛星データを使った食味推定です。
ふたつ目が、麦の収穫時期予測です。福井など北陸の作付暦は2年3作といいまして、米の次に麦、そして大豆か蕎麦という3つの作物を2年間で育てており、麦も主要な作物のひとつです。
研究成果としては御覧の通りです。米の食味は利用する圃場の中でも食味の推定値に差があることがわかります。
麦の収穫時期予測については圃場ごとに色分けし、予測できそうなところまできています。今年度以降は、この研究成果を現場で利活用する検討を、農業関係の部署と進めています。 -
福井県農業衛星データ利活用事業での成果
福井県が宇宙産業へ取り組むきっかけ
2015年、福井県の経済新戦略推進本部会議に当社の進藤が委員として参加しておりました。この会議では、福井の産業の将来について議論されていました。
ある時、「人工衛星がわずか3億円で実現」と取り上げられているテレビ番組を進藤が偶然目にしたそうです。従来なら1機数百億円かかるような人工衛星が、3億円でできる時代がやってくるならば、衛星データの価格も引き下げられ、民間利用の裾野が広がりゲームチェンジが起こるだろうと感じたそうです。そこで、産業振興として宇宙産業への取り組みを提案したことから、地方自治体初の人工衛星の開発と打ち上げをはじめとする宇宙産業への取り組みが、当時の知事の政策としてマニフェストに掲載されました。この件は、県庁内でもかなり話題になったと聞いております。
その後、晴れて県の政策として取り組むこととなり、県民衛星技術研究組合の立ち上げに際しては、発案者である進藤を中心に、関心を持った企業にも入っていただいて組織づくりをすすめ、設立に至った次第です。
ソリューション開発・ビジネス創出の実体験
私自身、リモートセンシングや宇宙畑の出身ではなく、素人からのスタートでしたし、利用者側も全く衛星データに触れたことがない人がほとんどでした。そこで、最初に行政を中心に50から60の部署を回ってヒアリングを行い、衛星データが使えそうな業務を洗い出しました。そこから、より適応しやすそうなテーマに絞込みを行い、お客様とのコミュニケーションをとりながらソリューションの検討を進めました。
いろいろなテーマの実証を行いました。例えば、県内の1級河川を2時期で変化抽出した結果、土砂の堆積や工事状況の変化をうまくとらえていました。当然、衛星データだけではなく、川や山へ入り「衛星データでこう見える時、実際、現地でもこんな風になってるんだな。」とか「データ上は変化しているけれど、実際は変化してないな」などと経験を積みながら、実証ユーザーとのコミュニケーションを深めていきました。しかし、3,4年続けてある程度精度が出てきても「便利だけど、お金を使ってまで導入する必要はないかな」みたいなお話を伺うことがほとんどで、ビジネスにはなかなか到達できないと、強く感じていました。
今思えば、当時はかなりシーズベースでアプローチしており、反省すべきところが大いにありました。特に県民衛星打ち上げ前は、データのイメージをお見せして「何に使えますか」というような聞き方が多く、お客様の課題をきちんと聞く姿勢をあまり持っていませんでした。
衛星データ利用において、ニーズとシーズが非常に遠いとは、よく言われることです。皆さんもご理解の通り衛星データだけでお客様の課題を100%解決することはなく、その有用性に立ち戻ると、お客様の課題を整理することと、その課題に衛星データがどのように役立つかという点の説明が重要だと、今は考えています。
そこに気付いたのは、RESTECが作成した中山間地直払いに関する現地確認マニュアルのおかげでした。データはあっても解析した経験はなく、やり方を悩んでいた時期に考え方や使い方の具体的な方法を学べたことは非常にありがたく大変有益でした。そして、これを基に県内自治体へ提案したことが我々の事業の契機となりました。
中山間地直払いのマニュアルを使って考え方や解析の流れを整理しながら提案を行ったことで、中山間地よりも大きな課題として、転作確認の案件を具体的にご相談いただけたのです。
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その自治体では、限られた職員で限定された期間に数万筆もの圃場パトロールに対応していました。転作確認業務では、事前準備から事務処理に至るまで、膨大な作業が発生しているという課題をお聞きし、これまで私たちの提案が「提供したいもの」に偏っていたこと、そして顧客ニーズに対して十分に感度高くアプローチできていなかったことを改めて実感しました。
転作確認作業には、土地に詳しい年配の方も含めて多くの方が同行します。紙の地図を確認し圃場を見て回りますが、結局土地の人でも場所が分からない場合もあり、効率よく廻っているとは言えませんでした。また、時には山へ分け入り、車も通れないような道なき道を行かなくてはなりません。リスクを負いながらパトロールされていることを実感するとともに、改善が必要だと理解しました。
この課題に対しては、どのように衛星データを用いるのかという点も、ソリューションの一部として整理してご提案することがとても大切だということを深く理解できました。 -
では、ソリューション導入前後の変化をご紹介します。水色の線が、GPSログの軌跡です。
導入前は、3時間で2地域を廻ることができました。同行したのは、職員1名、JA1名、各地域の農家組合長1名ずつで合計2名、さらに、土地勘のある農家さん1名の合計5名でした。日程を決める際、この全員の都合を調整しなければなりません。こういった点も表には出てこない自治体の方の負担です。
導入後は、3時間ほどで9つの地域を廻ることができました。職員1名で効率よく確認作業が実施されています。
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転作確認GPSログ(導入前) -
転作確認GPSログ(導入後)
以上の様に、10年近くの取り組みの中で、多くの経験と学びを得ることで、少しずつですが成果が出てまいりました。今は、お客様のニーズを起点にして解決方法を検討し提案することが大事だと感じています。課題解決すなわちソリューションということです。当然ながら初対面の我々に率直に課題を教えてくれる人はいません。1、2回で諦めず、何度も何度もコミュニケーションをとり、関係性を構築しながら、ようやく課題が見えてくることがあると思います。もしかすると、気づいてないケースもあるかもしれません。衛星をはじめとするリモートセンシングデータは、ソリューションの一部にはなるが全体ではないという点を、提案する側があらかじめ理解していなければなりません。
日本は、高齢化や人口減が顕著です。我々のお客様である市区町村などの行政の業務が、従来通りでは立ち行かなくなる現状があります。他の分野でも同じようなことでしょう。そこで、リモートセンシングデータの価値がますます高まることは間違いないと考えています。一方、データがソリューションの中でどう使えるかということを整理したうえでソリューションを設計し、提案することが重要です。
ソフトウェアの開発と提供をバックボーンとする我々は、課題解決の仕組みのご提案は得意とするところですが、リモートセンシングデータのハンドリングに関してはまだまだ未熟なところもあります。ソリューション開発において、皆さまともよい関係を構築していきたいと考えております。
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