「衛星データ利用が漁業の可能性を広げる」JAFIC システム企画部 斎藤部長
2025年6月24日に打ち上げ予定のGOSAT-GWは、AMSRシリーズの後継となるマイクロ波放射計AMSR3を搭載し、地球の水循環を観測するミッションを担っています。 そこで、人工衛星による観測データをIT漁業へ活かすサービスを提供されている一般社団法人漁業情報サービスセンター(JAFIC)の斎藤システム企画部長へ、漁業と衛星データについてお話を伺ってきました。
衛星データを利用した海況情報サービスを全国の漁業関係者向けに提供されています。
衛星から得られる情報と漁場の関係について教えてください。
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漁場探索へ人工衛星を活用することについて、今では小学校の教科書に掲載されているくらい皆さんによく知られるようになってきました。
表面水温や海流などの海洋環境情報は、漁場探索に役立ちます。その中でも水温は最も重要な情報といえます。変温動物である魚にとって、自分の体温と周囲の水温とは密接に関係しています。魚の種類によって好む水温が異なっており、これを適水温といいます。我々が対象としているカツオやマグロのような高度回遊魚類、イワシやサンマといった多獲性浮魚類は主に表層を回遊するので海表面の水温の影響を受けるため、これが漁場探索において非常に重要な情報となります。加えて、「潮境」「潮目」といわれる暖水と冷水が接して水温が急に変わるような場所は魚が集まりやすく漁場になりやすいということで、昔から漁場探索の指標とされています。海流やプランクトンなど、漁場形成に関係する海洋情報は様々ありますが、その中でも水温というのは非常に重要なパラメータです。 -
一般社団法人漁業情報サービスセンター 斎藤システム企画部長
人工衛星のデータを使う以前から、漁船は漁場探索のために自ら水温を測り、仲間の船と情報を共有して広範囲の水温分布を把握していました。またJAFICでは調査船や漁船が観測した水温のデータを広く集めて、広域の水温分布図を作成して漁業者等に提供していました。
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しかし、1980年代から人工衛星を使って海面水温を推定する技術開発が実用化されるようになり、船の観測では点でしか得られなかった水温情報を、より高い精度で面的に得られるようになりました。現在では人工衛星から得た海面水温情報を活用して漁場を探索するのが一般的となっています。リモートセンシング技術で、広い範囲をリアルタイムで面的に、何度でも観測できることは、広大な海を知る上で大きなメリットです。
我々は洋上の漁船向けに水温や気象情報を総合的に配信する「エビスくん」という情報サービスを提供しています。「エビスくん」を使うことで、漁場探索時間の短縮や燃油消費の削減など、様々なメリットがあるということで多くの漁船で利用していただいています。2010年ぐらいまでは、洋上の漁船はFAXで水温図などの情報を入手するのが一般的でしたが、現在は洋上の漁船でPCやタブレットを使って情報を得るようになっています。漁船のICT化・スマート化が進んだといえます。
PCやタブレットが無かった時代、洋上の漁船にはモノクロのFAXでしか海面水温図 を送ることができませんでした。しかし、PCやタブレットを使うようになってカラーで情報を見ることができるようになりました。これはモノクロのFAXと比べて圧倒的に情報量が増えるという大きなメリットがあります。 -
過去に提供していた海面水温図の例(提供:JAFIC)
通信環境についても近年大きく変わりつつあります。少し前までは、洋上の漁船にデータを送る場合、速度が遅くて、かつ通信費が高いためデータサイズを注意する必要がありました。最近は洋上通信環境が劇的に改善され、非常に安く高速で海の上でもデータ通信ができるようになっています。衛星通信インフラの高度化は、多くのデータを送ることが可能となり、間接的に漁場探索時間の短縮や操業の効率化につながります。地球観測衛星だけではなく、通信衛星なども含めて宇宙利用全体が水産業に対して非常に多くのメリットがあるということです。
また、地球観測衛星も高性能化が進んでいます。水温観測以外にも海色衛星から赤潮を検知する、海面高度衛星から海流や渦を推定する等々、漁業・養殖に役立つ衛星データはいろいろあります。洋上で高品質かつ大容量のデータを受け取ることができるようになった昨今、多種多様な衛星データを組み合わせて可視化する、AIを活用するといった水産業のスマート化、ICT化が水産分野での大きなトレンドになっているわけです。
衛星から得られる海面水温情報について、もう少し詳しく教えてください。
我々が衛星データを使った海面水温の推定に関する技術開発に着手したのは、1970年代終わりと世界的にみても非常に早く、最初はNOAA/AVHRRのデータ解析からスタートしました。しかし、水温推定には可視~赤外の波長を使うので雲の影響を強く受けます。雲があると海が見えないわけです。日本周辺は、梅雨、台風、秋雨、冬の荒天など不安定な気象が多く、とにかく衛星海洋観測は天気との戦いとなります。人工衛星はすごく精度もいいし、面的に観測できますが、雲があって全然見えないということが長期間続く可能性があるのです。ところが、1997年にNASAのTRMMという衛星がマイクロ波放射計 (TMI)を搭載しておそらく初めてオペレーショナルに海の観測を始めました。
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マイクロ波放射計は雨粒の影響は受けますが、雲の影響は受けにくいという優れた特徴があります。水温図の作成に初めてTRMM/TMIのデータを使ってみて、マイクロ波放射計はすごくいいかもしれないと感じ、積極的に使い始めました。TRMMの観測は熱帯地域が中心でしたが、その後AMSRシリーズの運用がスタートして、マイクロ波センサによる観測データを日本周辺を中心に全エリアで本格的に利用するようになりました。雲の影響を最小限にして水温図を得ることができ、我々としては大きなアドバンテージを得たというか、非常に素晴らしいデバイスを手に入れたと感じました。
とはいえ、マイクロ波にもいくつかは弱点があります。解像度が悪いのは一番の弱点ですが、これについては比較的解像度が良い静止衛星ひまわりの水温データや、極軌道衛星系のNOAA/AVHRRやGCOM-C(しきさい)/SGLIなどを複合的に活用することでカバーしています。可視近赤外のセンサとマイクロ波センサを組み合わせて、それぞれの衛星センサが得意とする部分を相互に補完することで、欠測のないクリアな水温図を漁師さんたちに提供しています。 -
最新の海面水温図の例(提供:JAFIC)
漁業関係者の皆さんに衛星データを利用してもらう第一歩へのご苦労などはありませんでしたか ?
現在我々が提供している衛星データやICTを活用して作成したカラーの海面水温図が漁業の現場で役立つことに気づいたというか、取っ掛かりを得たのは1990年代の後半でした。それ以前は、衛星データはまだ研究データという認識が強かったと思います。
現場で漁師さんに聞き取り調査をしているときに、カラーの海面水温図を見せたところ、漁師さんたちがすごく興味を持ってくれたのです。皆さんこれは面白いと反応してくれました。最初はこの図をモノクロにして洋上の船にFAXで提供するところから始まり、もっと詳細なデータが欲しい、リアルタイムの情報が見たいなど、多様なニーズが出てきて、今のようにパソコンやタブレットを使ったサービスへと進化したという感じです。
最初はパソコンが難しいということで、消極的だった漁師さんたちもたくさんいました。しかし、目先の利く新しい物好きの漁師さんたちが面白がって衛星データやパソコンによるデータ配信に飛びついて使ってくれるようになると、あっという間に広がったという印象です。

第一歩というのは本当に重要で「これは面白い」「役に立ちそうだ」と、漁師さん達に思ってもらうのが最初の取っ掛かりだったと思います。役に立つことはわかるけれども、研究開発の段階で役立つということと、実際の現場で役立つのは全然違う話です。そこは漁師さん達に見せて「どうですか」と確認していく感じでした。
我々漁業情報サービスセンターの強みは、漁師さんたちとのネットワークがあるというと点です。長年、市場や港を回って漁師さんたちとの意見交換をしていたという実績がありました。だから、我々が提供する情報に興味を持って見てくれるのではないかと感じます。おそらく、新しい事業者の方たちがいきなり行って漁師さん達に話をしても「それは何?」という話になるでしょう。我々はずっと以前から海況情報を提供し漁師さん達との信頼関係を築いていました。そういう関係性があるからこそ漁師さんの意見を聞き、衛星データを使うことによって水温図の精度が良くなったり提供頻度が向上したり、情報の質も徐々に上がったという感じです。
AMSR3を搭載したGOSAT-GWの打ち上げが6月24日に迫っています。
20年にわたるAMSRシリーズ観測データの漁業情報への重要性や必要性について教えてください。
現在利用しているAMSR2の観測データは、我々の提供する情報サービスに非常に役立っています。そのデータが切れ目なくAMSR3に引き継がれることは非常に重要ですし、期待をしています。そして、AMSR2とAMSR3のクロスキャリブレーションが大切だと考えています。相互比較によってAMSR3の精度や特徴がわかることは非常に重要ですから、AMSR2が稼働しているうちに打ち上げが決まったことはとてもよかったです。
また、AMSR3では陸域起源の電波の影響(RFI)が軽減されて沿岸がAMSR2よりも見えるようになると聞いています。AMSR2には、解像度と沿岸近くが見えないという二つの弱点があったのですが、今回AMSR3になって解像度が改善されることと、沿岸付近が見えるようになったことは大きなメリットで、さらに利用の範囲が広がるでしょう。主に沖合で漁場が形成されるカツオやマグロに対して、イワシやサバ、アジといった多獲性魚類は沿岸寄りに漁場が形成されます。AMSR2もイワシやサバを対象とした情報サービスに活用してきていましたが、AMSR3になることでより精度よく沿岸を見られるようになるのは、非常に大きなメリットです。沿岸に近いところは漁船がたくさんいますから恩恵を受ける漁師さんたちも増えることが予想されます。
マイクロ波が雲の影響を受けにくいところは、非常に優れたメリットであり他のセンサに対するアドバンテージです。当然それはAMSR3でも実現される前提で、かつ性能がさらにアップすることによって水温図の精度が向上する、ひいてはエビスくんの利用拡大につながることを期待しています。もしAMSR2が観測を終えて、その時点でAMSR3が打ち上がっていなかったら、我々の情報の精度が大きく低下する可能性があったわけですから、そういう意味でもヒヤヒヤしていました。しかし、今は打ち上げが決まって、あとは軌道上で性能を発揮してくれるのを待っている状態です。冒頭でもお話ししたように、我々の提供するエビスくんで、燃油消費や漁場探索の時間を抑えることができたというようなメリットがたくさん報告されています。AMSR3によって更に精度のよい水温情報が提供できることを期待しています。AMSR3データは大いに利用させてもらいたいと思います。
AMSR3の登場によって、漁業がよりサスティナブルな産業になるということも考えられますか?
操業に必要な情報が高精度化すると、一方では魚を獲りすぎる、乱獲につながるんじゃないかというような懸念も当然出てきます。しかし、今は魚を獲りまくっていいという時代ではありません。きちんと水産資源を管理して、後世でも魚が獲れるようにするのが大きな流れとなっています。これはSDGsでも目標として挙げられています。漁獲量の上限を決めるとか、禁漁期間を設けるとか、いろいろな資源管理の取り組みが進められています。正確な情報を基にした計画的・効率的な操業は資源管理に資すると同時に、漁業経営の安定にもつながり、間接的には労働環境の改善にもつながります。色々な意味で多くのメリットがあると思います。日本の漁船は、昔と比べるとだいぶ減っています。また、高齢化が進んで漁師さんも減っている状況があります。しかし、食料の安定供給、食の安全保障の観点から、海洋起源のたんぱく質は非常に重要です。やはり一次産業、水産業はなくならない、守るべき産業です。衛星はそのためにもいろいろ貢献すると思います。
日本の漁業を取り巻く状況は、海洋環境的にも、社会的にも難しい問題がたくさんあります。街の魚屋さんは減っているし、回転寿司へ行っても獲れたての美味しい魚を食べられるチャンスは減っていると思います。でも、やっぱり新鮮な魚はとても美味しいので、そういう魚をもっと食べてもらいたいと思います。最近は養殖の魚もとても美味しくなってきました。獲れたての魚、鮮度のいい魚を旬の場所や時期にいただくのが一番です。
水産業について日本と世界という視点ではいかがでしょうか。
世界の水産業では、まず養殖業について、養殖の総生産量は右肩上がりで伸びています。FAOなどの統計をみると、養殖のメインは、カツオのような回遊魚ではなく、アジア圏で好まれる鯉や、食品から化粧品の原料までいろいろなものに使える海藻類などとなっています。エビ類もすごく伸びています。一方日本は、実は魚類養殖の適地がそう多くありません。海は荒れるし、水温の変動幅も大きい。養殖適地の選定はなかなか難しいのです。近年、陸上養殖の取り組みも広がっていますが、やはりインドネシアのように広い養殖適地がたくさんあるような国と比べるとなかなかハンディがあるというのが世界からみた日本の立ち位置です。
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次に漁船漁業についでですが、総生産量は現状高位安定というところです。養殖のように劇的に増加しているわけではありませんが、ある程度の水準で安定しています。日本に限れば資源管理を推進していることや、漁業者も減っていることから急に伸びる可能性は低いと思われます。一方、アジア圏などで海洋タンパク質を必要としている国などは伸びる可能性があります。日本も何か手を打たなければならないと感じます。
世界第6位のEEZを持つ日本は、水産海洋国家として超大国です。その権益・利益を守る意味でも漁業は非常に重要で、海洋生物資源というのは海底鉱物資源と同じく重要な資源であるということを肝に銘じなくてはいけないと思います。このように総じて厳しい日本の状況ですから、スマート水産業は必要不可欠であり、スマート水産業に人工衛星のデータはとても有用です。例えばしきさいのデータならば赤潮被害を防止に活用することができます。また、海面高度計で流れがわかると、操業航路の安定や安心につながります。それから、今回気象の話はしませんでしたが、気象データはやはり水産全般でとても重要です。操業の安全性確保、台風等による漁具破損被害の防止には、波浪のデータなどが大変重要です。気象予報の高度化にもAMSRシリーズを含む多くの衛星が貢献しているので、直接的にも間接的にも、水産分野で衛星データは必要不可欠といえます。 -
日本の領海等概念図(外国との境界が未画定の海域における地理的中間線を含め便宜上図示したもの) 出典:海上保安庁
今後の衛星搭載センサへの期待について教えてください。
センサや衛星全般で言えば、ハイパースペクトルセンサや合成開口レーダー、小型衛星のコンステレーションによる超高解像度観測など、これからの衛星センサへの期待はいろいろと挙げられますが、ここではマイクロ波放射計を中心にお話します。
マイクロ波放射計は日本の技術力の結晶といえますから、技術力維持の観点でも打ち上げと運用を継続するということが大切だと思います。衛星センサはこれからもっと高性能化するのではないでしょうか。AMSR3は2m近い大きなアンテナを回転させる構造ですが、駆動部を持つアンテナよりは持たないアンテナのほうが開発も容易で安定して動きます。そういった部分を改善するような技術開発が進むのではないかと思います。マイクロ波放射計の一ユーザーとしては、夢の話ですけれども、マイクロ波放射計で可視赤外イメージャー並みの解像度でデータが得られるようになることにはちょっと期待しています。AMSR3でも高解像度化を試みていますので、次のセンサでは、更なるセンサ技術と画像解析技術の向上で実現されるのを期待します。
沿岸はRFIの影響を受けるためになかなか難しいですが、AMSR3ではそこも頑張っています。ですから将来のマイクロ波放射計では沿岸観測も期待したいです。RFIに関しては如何ともしがたいのですが、影響の少ない波長を選んだり、信号処理技術の向上でノイズを分離することができたら、マイクロ波による沿岸モニタリングも実現できるのではないかと期待します。
マイクロ波放射計は陸や大気の観測でもいろいろ使われていますが、もしかしたら水産や海洋の我々が知らない使い方があるのではないかと思います。使う波長や分析方法など、何か新しい利用についても期待したいところです。
AMSR3でも観測対象となっている広域の表層海面塩分というのは、これからニーズがあるだろうと感じています。当然ながら海表面の塩分は雨や河川水の影響をすごく受けます。しかし塩分については、例えばエチゼンクラゲが長江の淡水分布と関係があるとか、河川からの低塩分水の流入で養殖魚が斃死するとか、関係が示唆される現象はたくさんありますので、塩分マップは色々な可能性があると思います。もしかしたら1997年にマイクロ波放射計の水温がすごく役に立つと気づいたときと同じように、AMSR3のマイクロ波塩分マップが提供されるようになったら、今後新しい分野で役に立つのかもしれません。これはとても楽しみです。ただ、漁業の世界では、表層の塩分はすぐに変動することや、水温のように漁師さんが簡単に測れるものではないので、実際に衛星塩分マップを漁業でどう扱っていいのかわからないというのが正直なところだろうと思います。塩分がどれほど漁場形成や漁場環境に影響を与えるかを把握するのはこれからで、まずは試験研究的な取り組みが必要だと思います。とりあえず海洋数値モデルの導き出す塩分マップと比較したら面白いと思います。先述の河川水の影響や洋上降雨エリアのモニタリングなど、もしかしたらすぐに何か役に立つかもしれないという気もします。解像度の問題もありますが、これまで塩分は衛星からの観測が難しいと言われてきましたから、どんなデータが出てくるのかすごく期待しています。
期待という意味では、漁師さんたちから得たニーズとして、現状では衛星からの観測が非常に難しいものとして溶存酸素があります。漁業現場でどんなデータが欲しいかヒヤリングをすると色々な意見が出てきますが、沿岸養殖の人たちからは、養殖施設周辺の溶存酸素マップが得られないかと話がありました。他にも、流木や上流の雨で流れてくる濁った河川水(泥水)をモニターしたいという要望もありました。泥水は海色でもわかりますが雲がかかっていると観測できないので、マイクロ波で低塩分水を検知できればもしかしたら利用できるかもしれないので、期待するところがあります。