ANA Meets Space ー 宇宙ビジネスの可能性検討 ー
RESTECでは社内勉強会として毎月1回様々な分野の方にご講演をいただいています。 空から宇宙へ、事業領域の拡大に挑戦するANAホールディングス㈱ 宇宙事業チーム マネージャーの松本紋子様に、2024年4月にご講演頂いた内容をご紹介します。
はじめに
まず、自己紹介をさせていただきます。2008年に全日本空輸株式会社(ANA)に入社し地上のパイロットとも言われる運航支援に携わっていました。運航管理者という資格を取得し国内外の航空局と調整を行うほか、パイロットのマニュアル作成や、燃料削減のための新しい航法の検討などをメイン業務として携わってきました。この業務で生まれたアイディアが「宇宙を活用したビジネスアイデアコンテストS-Booster」2017年の大賞をいただきまして、2018年からはANAホールディングスに出向し、ANAグループにおける宇宙事業の検討を進めています。
次いで、ANAについて簡単にご紹介させていただきます。戦後まもない1952年にヘリコプター2機から事業を始めた純民間の航空会社です。苦境もありましたが、創業者の「現在窮乏将来有望」を合言葉に、チャレンジ精神旺盛に航空事業へ取り組み、その精神は今なお引き継がれています。
ANAは1986年に国際線定期便就航、1999年にスターアライアンスへ9番目のメンバーとして加盟、日本で初めてボーイング787新機種の導入などに取り組み、2013年にANAホールディングスを設立しました。空港地上支援業務、空港航空機の整備業務やパイロットの養成訓練など航空事業が主ですが、その他にも商社、ITビジネスサポートや人材ビジネスサポートなど様々なグループ事業も行っています。しかし、航空事業がグループ全体の売上高の76%を占め、グループへの影響力が大きい状況です。そこで、持続可能な企業成長のため航空事業一本足からの脱却という方針のもと、2013年から破壊的なイノベーションを目指した取り組みが始まりました。ドローン、空飛ぶクルマ、アバターや宇宙が対象に挙げられています。宇宙事業は2018年より本格的に検討を開始し、現在は6名のチームメンバーで取り組んでいます。
ANAグループの宇宙事業 三つの柱
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ANAグループが目指す宇宙事業の未来を簡単にご紹介させていただきます。
現在人類は地球上で生活しています。私達ANAも地球上の輸送から始まり、物資販売やライフバリューといって生活に密着する商品サービスを提供する事業へ展開しています。今後は、人類の生活が宇宙空間へ広がると想定して我々の事業領域も宇宙へ拡大し、将来的には宇宙輸送を目指すような形での持続可能な企業成長の未来を描いています。「次は宇宙へ」という合言葉を掲げ、豊かで充実した宇宙利用への貢献を目指したいと考えています。
そのような中で2018年に宇宙事業をスタートし、初めの3年間はプロジェクトという形で事業を進めていました。2021年からはチーム化の承認を得て専任メンバー5名で組織化を進め、今年はメンバーをさらに1名追加した6名体制で推進しています。
この宇宙事業は、大きな三つの柱で検討を進めています。
一つ目が宇宙輸送領域です。将来的な宇宙空間輸送を目指して検討を行っています。宇宙飛行士の養成や、再使用ロケット整備スペースポートをメインに考えています。
二つ目がライフバリュー事業領域です。生活に密着する事業として宇宙空間を将来的な場所とし、ライフバリューを深めていくことを検討しています。宇宙商社事業、宇宙保険事業、ファイナンスや物流コンサルテーションなどを考えています。
三つ目の事業はRESTECとも非常に親和性が高い領域、衛星データの利活用です。この領域は現在、三つのプロジェクトが進んでおり、一つ目が衛星全球三次元風予測、二つ目が乱気流AI予測、最後の一つが温室効果ガス測定です。
本日は、宇宙輸送領域から再使用ロケット整備とスペースポートという二つの事業検討について簡単にご紹介したのちに衛星データ利活用領域について詳しくご説明します。
再使用ロケット整備はJAXAとの共同研究で行っています。弊社が長年行ってきた航空機の整備や点検作業において、先進的な技術を活用した簡素化と改善を進めており、これを再使用ロケットへ反映する検討です。現在航空機が1日に1,000機飛ぶように、日々ロケットを打ち上げる未来では必ず必要となる整備点検のサポートです。
スペースポートは、空港運営などANAが長年培っている地上支援のノウハウをご提供するものです。これを地域創生のモデルとして活用できないかと検討しています。
衛星データ利活用領域の取り組み
それでは、衛星データ利活用領域で検討している案件についてご説明いたします。
一つは、衛星データを活用し、航空機の運航が与える環境負荷の低減を目指せないかという取り組みです。中でも、気象データをメインに、航空機のデータと掛け合わせることで新たな価値を創造し、安全運航、燃料削減やCO2排出削減を可能とする未来を描く事業になります。
航空事業における課題を皆さんご存じかと思いますが、2050年までにCO2の排出量実質ゼロを目標としています。そのためにはまず運航上の改善を行い、次に低炭素化のための持続可能な航空燃料(SAF)を導入します。最終的には、排出権取引を活用し、さらにネガティブエミッションの技術を活用するという取り組みになります。ただ、SAF以降の取り組みは開発途上のため、まず直近でできる燃料・CO2排出削減に繋がる技術を検討しており、そこに衛星データが使えるのではないかと考えています。
今私が注目しているのが航空運航の改善です。航空機の運航は、出発地から目的地までジェット気流に沿うのが一番燃料を使わない経路になります。経路によっては大量の追加燃料を要することとなり、最適経路を見つけることは排出量削減にとても有効です。そのためには、精度の高い気象予測データが非常に重要になります。しかし、風の3次元観測データは一部の陸域だけで、全球観測データは2次元しかありません。数値予想の精度を高めるためには、風の全球3次元データを得ることが重要ではないかと考え、新たな技術として衛星搭載ドップラー風ライダーによる観測を提案しています。2018年からJAXA、気象研究所、東京都立大学や慶應大学とともに研究していますが、研究開発要素が大きく、衛星開発までのハードルが高い状況です。そのため、将来的に実現したいという想いはありつつも、今の衛星データを活用した取り組みも並行して進めています。こちらも紹介させていただきます。
衛星データとAIで乱気流を予測する取り組みです。過去10年分の衛星データと気象データを、弊社の所有する航空機の情報と組み合わせAIで学習させることで、乱気流を精度高く予測し、安全運航や燃料削減につながる未来を目指しています。こちらは慶應大学とともに研究開発を行い、高精度予測ができることが確認できたため、スピンアウトした形で事業会社を立ち上げました。
皆さんも航空機に搭乗中乱気流へ遭遇することがあるかと思いますが、航空機事故における乱気流の割合が年数%程度増加傾向にあることがわかっています。温暖化の影響で上空のジェット気流の速度が早まり、乱気流が年々増加傾向にあるという研究が「Nature」でも発表されています。
乱気流とは、簡単に言うと局所的に生じる空気の乱れのことです。流れが異なる2層の空気が重なることで擾乱が発生しますが、風の動きは目に見えないため、回避や事前の予測が非常に困難です。これをいかに精度高く予測するかというのがこの取り組みの目的です。現在の手法は、一つのポイントの風データだけで乱気流の発生を検証していますが、気象現象のすべての風の流れを反映できず、とても精度が悪い状態です。しかし、それを面的に捉えることで、乱気流を予測できるのではないかというところに着目し、衛星データの利用を検討しています。具体的には、航空機が保有する乱気流の遭遇に関するデータを、画像化した衛星データや気象データへラベル付けしディープラーニングを行うことで、乱気流が発生する割合を算出できる仕組みになっています。
これは、一般的な画像解析のディープラーニング技術を利用した技術開発結果ですが、従来よりも遥かに高い予測精度を出すことができ、既にトライアル運用を行なっており、現在本格的な運用に向けて調整を進めています。
予測の一例をご紹介します。2023年6月に航空機が山口県辺りで遭遇した非常に強い乱気流をバツ印で示しています。従来手法(左側)と新手法(右側)の予測モデルで、それぞれ乱気流が予測されるエリアをカラーリング表示したものを比較すると、従来手法では予測できなかった乱気流が、新手法ではきちんと予測できていたことがわかります。 このような様々な取り組みの結果、従来手法の28%から新手法では75%へ予測精度が向上したことが確認できています。 以上が、衛星や気象データをAIと組み合わせることで航空機の課題にピンポイントでアプローチする研究開発のご紹介となります。
衛星と航空機による新たな価値創造
衛星技術の活用もJAXAと共に進めています。衛星と航空機の強みを組み合わせた新たな価値創造についてご紹介します。
2020年9月から、ANAとJAXAの共同研究「GOBLEUプロジェクト」を開始しました。JAXAが打ち上げた温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(GOSAT)の技術を用いて、航空機から温室効果ガスを観測するというものです。航空機から温室効果ガスを観測することができれば、将来的にはカーボンプライシングやESG、自然資本、またはグリーンウォッシュ対策にも繋げていくことが可能かと考えています。
GOSATのフットプリントは10キロ程度と、詳細を観測することができません。その課題解決のため、航空機を用いて工場、道路、森林、農場などの排出または吸収を確認できないかとのお話をいただき始まったプロジェクトです。実際に、航空機からは100m程度のフットプリントで観測できることが確認できています。
このプロジェクトの目的は三点です。
・衛星では確認できない都市域の詳細な温室効果ガスの排出量分布を明らかにすること。
・衛星観測技術を応用して、民間旅客機を用いて温室効果ガスおよび植物の光合成の様子を観測すること。
・都市域の発生源別に排出量を評価し効率的な削減対策を実行するとともに、結果を可視化することで脱温暖化に向けた行動促進へつなげること。
航空機観測という観点だけなら、チャーター機でよいと思われるかもしれませんが、定期旅客便が日々決まった路線を決まった時間に運航しているというメリットを生かし、簡単に、コストを抑え、追加の温室効果ガスを排出しないことをメインコンセプトにおいて、定期旅客便を利用した手法の研究開発を行っています。
観測は、旅客便に持ち込んだ観測装置を座席に固縛して窓越しに行います。航空機の高度10㎞から、斜め下に左右50㎞程度の観測幅を見ることができます。直下が見られないデメリットもありますが、最高で100m分解能になります。
衛星データでは解像度が粗かった地点を航空機データで補完することを目指しています。
2020年10月27日に大阪上空で衛星と航空機によって同時刻に観測したデータ(図3)をご覧ください。
左のTRIPOMI衛星によるNO2の観測データは7㎞メッシュです。右のGOBLUEのNO2観測データは、100mメッシュでとても細かく見えているのがわかるかと思います。
同じく大阪エリアをピックアップした観測データ(図4)です。
車からの排出量が多いNO2の航空機観測データを環状路線と照らし合わせてみると、環状線に添って排出量が多いことを確実に捉えています。今後、これを二酸化炭素やメタン等に適応させていきたいと考えています。
もう一つ、CO2の吸収量の観測について、GOSATと同じように観測したデータをJAXAが解析した結果(図5)をご覧ください。
徳島県の吉野川沿いの河川敷で、CO2を吸収しているエリア(濃い緑色で示されている地点)を確認できました。これをもう少しブラッシュアップできれば、日中時間帯のCO2吸収のデータを、400m単位で提供できるのではないかと開発を進めています。
GOSATシリーズとGOBLUEの仕様をご覧ください。
今後打上げを予定しているGOSAT-GWは1㎞から3㎞のフットプリントサイズの観測を目指していると伺っています。おそらく、ピンポイントの観測になるので、GOBLUEができるレベルで補完させていただきたいと考えています。また、定期運航便という強みを生かし、回帰を毎時から1日を目標にしています。そういう単位でデータを取ることができれば、より温暖化対策にも繋がると考えています。
また、弊社が所有するエアバス社A320NEOの11機全てが1日観測した場合の観測範囲を、日本地図上にピンク色で示しています。日本エリアをほぼ満足するようなデータが取れるのではないかと見込み、このような形で観測エリアを広げていければよいと考えています。
今後の展望です。
現在は温室効果ガスに特化した観測を行っていますが、大規模災害発生時の迅速な保険金支払いや保険対策への貢献を考えています。能登半島地震の際に保険会社からお話をいただいたのですが、能登ではドローンを飛ばすにも飛ばせなかったような状況もございましたので、災害時でも上空を飛行する航空機を活用しサポートができないかと検討を行っています。
弊社としてはこれらのデータ解析についても、RESTECのご知見をいただきながら進めていきたいと考えています。
以上、簡単ではございますが、衛星データ利活用をメインに弊社の取り組みを三つほどご紹介いたしました。