測量・地図・災害・国土管理分野におけるリモートセンシング

2022年10月26日

RESTEC月例講演会
講演:国土地理院 前院長 飛田 幹男 氏

RESTECでは社内勉強会として毎月1回様々な分野の方にご講演をいただいています。
2022年8月の講演会では国土地理院飛田前院長、国土管理分野へのリモートセンシングの活用についてご講演頂きました。
本コラムで、その内容をお伝えします。

はじめに

まず簡単に自己紹介をいたします。
阪神淡路大震災が起きた1995年、私はアメリカNASAのJPLに留学をしました。そこで、日本のL-band SAR衛星の性能を最大限に発揮するためのSAR干渉処理ソフトウェアGSISARを開発しました。これはコヒーレンスを高めるいくつかのノウハウを搭載し、当時のL-band SAR干渉画像としてはコヒーレンスが高く美しいといわれました。
1998年には、つくばの32m VLBIアンテナ建設責任者になりました。これは100億光年くらい離れたクエーサーからの電波を巨大な望遠鏡で受信することによって、日本の位置を正確に決めるという仕事です。
2000年頃には、日本測地系から世界測地系への移行に携わりました。この移行によって原点の位置がおよそ870m移動し、緯度経度が全国的に±12秒程度変わりました。円滑に移行する為、座標変換ソフトウェア“TKY2JGD”の開発や、書籍『世界測地系と座標変換』の執筆による啓発活動を行いました。
その後、国土地理院の研究センターに長く在籍しておりました。国土の変化を捉えることが国土地理院の任務です。例えば、火山噴火予知連の委員であった2013年には、西之島の海底噴火が、元々ある島を飲み込もうとしていました。これには、父島からUAVを飛ばし、1100枚程度の写真を撮影、データの解析を行いました。従来、2枚の空中写真から1枚の地図を作りますが、この際は多方向からの撮影(マルチレイ/マルチビューステレオ)でDEMを作る物量作戦によって非常に高精度な地図/数値地形データができるということが分かり、とても良い経験になりました。特に体積変化は火山防災にはとても重要です。また、島の面積や排他的経済水域(EEZ)の変化などの国土管理において非常に重要な役割を果たしています。実際、EEZの起点である西端が西に移動したため、その面積が増えました。

本日は、まず国土地理院がなぜリモートセンシングと測量・国土管理を行うのかという話をします。次に、メインとしてリモートセンシング取組事例である「レーダー衛星」による地殻変動監視と「光学衛星」を使った地図作りについてご紹介します。時間があれば人工衛星で標高を測るためのちょっとしたノウハウをお話しして、最後に纏めます。

国土地理院の測量・国土管理とリモートセンシング

まず、宇宙・リモートセンシング、測量・国土管理を国土地理院がおこなう根拠についてお話しします。
各省の設置法には、宇宙開発技術に関する記載があります。文部科学省は「科学技術水準の向上」「宇宙の利用の推進」、総務省は「情報の電磁的流通」「電波の利用」、経済産業省は「鉱工業の発達及び改善」です。国交省は「測量その他の国土の管理」という記載があり、ここが国土地理院の所掌であり、宇宙開発業務の法的根拠となっています。
後ほどお話しする防災・災害業務の法的根拠に関しては、災害対策基本法第2条第3号に基づく「指定行政機関(国の行政機関のうち、防災行政上重要な役割を有するものとして内閣総理大臣が指定している機関)」に国土地理院が指定されていることが理由の1つとしてあります。加えて、前述の基本法の第34条第1項に基づく「防災基本計画」において、「測量や地理空間情報を利用した災害情報の把握」「予知・予測に向けた情報の分析・整理」「観測・測量の強化、研究開発」「地形特性・自然災害伝承などの(既に存在する地理空間情報を使った)リスク情報の整備・提供」など、国土地理院の役割が明示されています。更に、2017年からは人工衛星等の多様な情報収集手段を活用することも追記されております。

SAR衛星リモートセンシングへの取組

SARについてお話しする前に、JERS-1とALOSシリーズの長年にわたる活躍が、地震・火山・地盤沈下等の国土管理や地図作成に大きな貢献を果たし、新発見や新技術開発を含む顕著な発展をもたらしました。
RESTEC・JAXA・文部科学省及び衛星・センサ・関連システムの開発・運用などリモートセンシング関係の皆様のこれまでの多大なるご尽力に感謝の意を表します。

日本のL-band SAR衛星及び、運用・解析技術は世界一で日本の強みです。ご紹介する主な成果の事例は「だいち2号」(ALOS-2)によるものです。先進レーダ衛星「だいち4号」(ALOS-4)にも期待をしております。
国土地理院とリモートセンシングの関わりの契機のひとつは、先程申し上げたNASAへの留学です。国土管理に非常に有用だということで、国土地理院では測地部宇宙測地課地球変動観測係を組織し、事業化されていきました。更に、近年はALOS-2によって新たな展開を迎えました。

まず、SARの強度画像は、モノクロで地味ですが、非常に有効です。2019年に始まった西之島の再噴火では、噴出した溶岩によって古い島が完全に飲み込まれ、島の面積が大きくなったことが分かりました。この時系列変化をYouTubeで公開した「だいち2号がとらえた西之島の成長」は、国民の皆さんから人気があり、「いいね」もたくさん頂いています。SAR衛星の特長はやはり、雲や噴煙があっても夜間でも観測できる点です。色が白から黒に変わって、散乱強度が下がっていることが分かる貴重なデータです。最初はゴツゴツした溶岩の噴火だったため後方散乱が強いですが、そのうち火山灰を放出するような噴火に変わったということが、画像上で色が黒くなったことによって分かります。

国土管理と干渉SAR

次に、SARの真骨頂である干渉SARについてご紹介します。異なる時期の2回以上の観測の差から、その間に生じた地表と衛星を結ぶ視線方向の距離の変化を高精度に抽出するという技術です。1回目と、2回目の送受信の間に、もし隆起している箇所があれば、その差の分だけ衛星との距離が短縮されます。その距離の変化を位相差として検出することを「干渉」と呼び、高精度に地表の変動を捉えることができます。位相差なので0度から360度を超えた場合、370度にならずまた10度に戻ってしまうため、レインボーカラーで表しています。この干渉SARの特徴は、面的に数cmの精度で地殻変動をマッピングができるというもので、地震火山の研究者が喉から手が出るほど欲しかった情報が得られるようになりました。干渉SARの技術とは、日本全国という広域を監視し、地震、火山、地すべり、地盤沈下等それぞれ特色ある変動を捉えられる点が、非常に素晴らしいところです。

国土地理院は、こういった技術を利用して、測量法に定められた任務である国土全域の地かく・地ぼうの変動を把握しています。ALOSでは、一部の限られた地域の解析しかできませんでしたが、衛星と解析技術の進歩によって、ALOS-2では全国くまなく監視ができるようになりました。この結果は、地理院SARマップとして国や自治体向けに公開しています。地理院SARマップの良いところは、地理院地図(ウェブ地図)に重ね合わせができる点です。更に、マップをクリックすると観測条件の詳細や変動に対するコメントが表示され、透過率を調整しながら干渉画像と既存の地理空間情報を重ね合わせることもできます。地理空間情報の例を挙げると、空中写真・火山土地条件図、色別標高図、傾斜量図、陰影図の他、水関係や土地条件に関係するものや、地震で特に重要になる都市圏活断層図などです。更には、この中で生まれた成果を国民の皆さんにも提供しています。

典型的な事例は、箱根山・大涌谷で捉えた火山性の地殻変動です。箱根山は2015年5月6日に噴火警戒レベルが1から2になりました。それ以降のSAR干渉画像を時系列に並べてみると膨脹性の地殻変動が進行し、一旦弱まり、7月1日に10㎝を超えピークを迎え、その後ゆっくりとしぼんだということが分かりました。特に重要なのは、この膨張している場所が箱根山のごく一部、大涌谷の直径約200mという領域に限られるということです。この観測結果は、防災の面で非常に役立ったのと同時に、観光業への貢献もありました。というのは、地震計のデータは箱根山全体の地殻活動を示していましたが、SAR干渉画像が200m以内の範囲にしか地殻変動がないことを示したため、立ち入り規制は大涌谷に限られました。箱根山全体に観光客は訪れ、負の影響を最小限に抑えることができました。

SARによる三次元地殻変動の検出

続いて、ALOS-2で捉えた熊本地震の例です。分かったことは次の3つです。SAR干渉画像には干渉縞が多くみられ、2m以上衛星から遠ざかる地殻変動と衛星に近づくような変動や地表の亀裂がたくさん見える箇所もあります。また、変動が既知の阿蘇山の下のマグマ溜まりを押しているのか引いているのか、今回動いた布田川断層がマグマ溜まりを切っているかどうか、といった評価に活用されました。更に、内牧温泉枯渇の原因究明と復旧にも、非常に重要な役割を果たしました。
干渉SARはあくまでも衛星と地上の位置が伸びたか縮んだかを示しますが、ALOS-2を使った三次元地殻変動では黄色と青色で隆起と沈降を示します。これによって、布田川断層を挟んで大きな違いがあることが分かりした。右横ずれの正断層型の地震が起こったということが明確になったのです。また、先ほど申し上げた温泉街にも、大きな地殻変動が見えています。色々な技術開発によって三次元地殻変動ができるようになりましたが、そのひとつに、ALOS-2の高頻度観測とレフトルック(左側の観測)があります。この地震の現地調査を行った九州大学の辻先生は、断層南側の地域に引張があり、断層北川の地域に圧縮があることには気づいていました。衛星データによって地面が動いていたことが示され、謎が解けたわけです。
地震の影響で、温泉が止まった対応として、温泉街から離れている新たに温泉が噴出した箇所を掘削して温泉を引くという意見が出ました。辻先生は、ALOS-2三次元解析に基づいた現地調査によって、地表が側方移動しただけと判断、元の温泉を再掘削することを提案し、それによって温泉は復活することができました。これは経済的にも非常に有効でした。
また、地震によって生じた多くの亀裂の箇所について詳細に調査した結果を、国土地理院の藤原智らがEPS(Earth Planets and Space)誌へ投稿し、年間の最優秀論文として表彰されました。これは、NHKのニュース7でも報道されています。このように、ALOSシリーズのおかげで衛星地殻変動分野の技術力と研究成果は世界をリードすることができました。

国土地理院『藤原 智センター長らが「EPS Excellent Paper Award 2019」を受賞』



衛星視線方向だけしか捉えられなかった干渉SARの地殻変動ですが、今は三次元地殻変動をとらえる技術が4種類あります。
最初は2000年に藤原が世界で初めて成功させた、2方向からの観測結果を合成し、東西方向と上下方向に分離する2.5次元解析です。次に2016年に森下が、左ルックも入れたInSAR3次元解析を桜島のALOS-2データを使って初めて成功させました。MAI(Multiple-Aperture Interferometry)は海外の研究者がALOSのデータも使って編み出した技術です。もう一つ、 ピクセルオフセット解析による三次元地殻変動は、私が有珠山の事例世界で初めて成功させました。
それぞれ利点欠点がありますが、技術開発によって三次元的な地殻変動が捉えられ、より社会実装に近づいています。

新たな時系列解析「GSITSA」

更にこういった技術がどんどん発展し、当初はPSInSARから始まったSAR時系列解析がかなり実用化されています。国土地理院ではPSInSARとは少し違う形の時系列解析「GSITSA」を実用化し始めています。主にSBAS法(Small Baseline Subset algorithm)をベースに技術開発を行い、多くの解析をしています。その中の核となるもう一つの技術が対流圏誤差或いは、電離圏誤差を低減する処理技術です。これらの技術を取り入れることで、より信頼性の高い地殻変動・地盤変動を捉えることができます。詳細は小林の論文等を読んでいただければと思います。重要なのはやはり誤差を低減することで、そのためにGNSSや気象モデル、あるいは地理空間情報など新しい技術を利用しています。国土地理院の行う時系列解析の対象は、例えば火山であれば38火山全てです。PSInSARではまばらな時系列結果しか出ませんが、GSITSAの場合はかなりの密度で地殻変動を捉えています。これまでの干渉画像と違うのは虹色ではないこと、更に地殻変動量そのものではなく、地殻変動の速度を表していることです。しかも、何mm/年という数値がでます。従来の位相から数値で表す点が大きく異なります。
例えば、2.5次元の時系列解析を行った口永良部島では、準上下方向の画像では沈降を表し、準東西方向の画像では山頂の東側は西向きの変動、西側は東向きの変動がみられます。つまり縮んでいます。この二つを考え合わせると、火山体が収縮するような地殻変動を捉えられたことが分かります。このような解析をたくさん行い、圧力源の体積の変化を時系列で表わしました。2015年6月からどんどん縮んでいますが、2018年6月からまた膨張をして爆発的噴火が起こり、また縮みますが爆発的噴火の直前に再び膨張する活動を繰り返しているということがわかってまいりました。こういったことは火山噴火予知連絡会で有効に利用されております。

基本測量成果の公開(干渉SAR時系列解析結果)

国土地理院では、2022年から今までの地理院SARマップとは別に新たな取組が始まっています。4月には合成開口レーダー地盤変動測量の基本測量の作業規程を制定しました。今までとは異なり、今後は時系列解析結果或いは、2.5次元の解析結果を基本測量成果として提供する方向になりました。
6月27日にHPで公開した北海道地域の干渉SAR時系列解析の結果をご紹介します。

出典:国土地理院ウェブサイト(https://www.gsi.go.jp/uchusokuchi/uchusokuchi20220627.html)

この時系列解析結果を基本測量成果として公開する狙いは、従来の位相の干渉画像では分かり難かった地盤の変位を、自治体職員の方々が理解しやすく表すことです。また、自治体だけでなく一般の国民の方にも公開範囲を広げ、使っていただくことで、SAR技術と地理院のプレゼンス、認知度を向上することが目的です。それによって次の3つの効果が期待されます。ひとつは、効果的、効率的な公共測量です。データを使っていただくことで公共測量にも役に立つということ。また、政府の方針である衛星データによる民間ビジネスの促進も狙っています。更に、地殻変動補正の精度向上です。日本の国土は4つのプレートに挟まれていて大きく地殻変動があります。電子基準点1300点に加え、時系列解析結果のデータを使うことで、空間分解能が向上します。

先の北海道のデータで特に目立っていた箇所を3つほどご紹介します。
まず雌阿寒岳・雄阿寒岳に関しては、衛星に近づくような変動が見られていて、雌阿寒岳・雄阿寒岳の下の火山性流体が膨張していることを示していると思われます。一方、有珠山は衛星から遠ざかる変位が見られます。2000年の大きな噴火の後、山体の収縮が続いていることを示している可能性があります。石狩平野については、地盤沈下が水準測量でも観測されていますが、その分布がはっきりとみられます。

これまでJERS-1、ALOSのPALSAR、ALOS-2のPALSAR-2の成果についてご紹介しましたが、日本の技術はすごいなとワクワクします。過去には衛星画像データを購入しても1/5の確率でしか干渉しなかったものが、軌道制御技術が向上したことにより現在ではほぼ100%で干渉します。それから、私が強調したいのは、軌道情報の高精度化です。これは画像データではなく属性データに過ぎないのですが、衛星にGPS受信装置を搭載することで数kmから150mへ、今は13mへと高精度になりました。これによって当初1か月~数か月かかっていた解析時間を数時間まで短縮することができました。軌道情報の精度が数mm~数cmになれば、ほぼ自動で解析が可能となりマンパワー・時間・費用を削減できます。これが見えざる立役者になっています。回帰周期も重要で、観測までの期間も短くなりました。先程お話しした3次元の地殻変動を捉えるためには、左ルックというのも非常に大きな武器です。分解能が18mから3mに向上したことも干渉性の向上へ直結しており、非常にありがたい事でした。

国土地理院のおこなう地図の作成・更新

主にだいち(ALOS)のPRISMの成果を紹介しつつ、先進光学衛星「だいち3号」(ALOS-3)への期待についてご紹介しますが、その前に、地図の作り方について、国土地理院には測地系と地図系という2種類の人がいる理由にも触れつつご説明します。
地図作りとはまず、地図を作りたいところへ三角点を設置し測量を行って緯度・経度・標高を求めます。日本には約10万点の三角点と1,300点の電子基準点があります。三角点には対空標識を設置し、衛星画像や空中写真に写りこませます。基準点となる三角点の設置個所の緯度・経度・高さは分かっているので、これらを通して地図に緯度経度が付き、標高が分かり、等高線が引けるということになります。民間地図会社等はこの地図を使うことによって緯度経度などの測量を省略して上乗せ情報を作ることができます。ここが民間と国土地理院との地図作成上の役割分担になります。日本の地図の歴史をみると、国・地方の行政目的のために国土地理院の前身の陸地測量部などが、50年以上の長い期間と労力を経て日本全国の5万分の1地形図を作成していました。その中で、民間企業活動や登山などの強いニーズ受けて、一般向けに刊行しご利用いただいてきました。さらに高分解能の地形図へのニーズに対応するため、昭和39年前後から2万5千分の1地形図の整備に着手しましたが、その整備途中、デジタル化の流れで電子国土基本図というデジタル地図が作成されてきました。

地図作成における光学衛星の有用性

国土地理院の主要プロダクトである電子国土基本図や、皆様から親しまれているウェブ地図「地理院地図」の整備・更新についてご説明します。
都市計画区域内は詳細な地図情報レベル2,500、都市計画区域外については地図情報レベル25,000(2万5千分の1地形図に相当するような詳細度)の2種類の詳細度で作成しています。電子国土基本図の整備は基本的に空中写真で行いますが、非常にコストが高いものです。1回作ってしまえば基準点と関係付ける工程がある程度省略できる部分もあり、既存の都市計画図や工事図面、衛星画像など様々な資料を用いることで迅速に基本図を更新し、新鮮さを保つように努めています。しかし、地形改変・地物の変化はそれよりもずっと早く、地図の更新が追いつかず、国民の期待には必ずしも応えられていないという状況です。リソースを投入するといっても国の財政は厳しく、予算は縮小され、人手も減っています。残る手段として、技術力や宇宙技術によって更新効率をあげることで対応しています。

電子国土基本図の精度についてお話しします。2種類あるうちの都市計画区域内(約10万㎢:国土の1/4強の面積)については、平面位置の誤差2.5m以内、高さの誤差1m以内というかなり厳しいスペックになっています。一方、都市計画区域外(約28万㎢:国土のほとんど)については平面位置の精度(標準偏差)は17.5m以内、標高の精度は、標高点(尾根や道路の交差点など)は3.3m以内、等高線は5m以内となっていて、衛星画像が十分に活用できる可能性があります。その衛星画像の活用のため、3つの精度検証を行ってきています。まず一つは地図を作る準備工程として標定作業があります。画像上の位置と地上での実際の位置を対応させる、言い換えると仮想空間上に衛星画像や空中写真の位置関係を再現することです。生の衛星画像と地図は全く重ならないので、まずRPCモデルとGCPで簡易に合わせたもので精度を検証します。次に実際に地図を作ってみて検証します。それから、これも重要なのですが、判読性がどこまであるのかということです。この判読が宇宙からすべてできてしまえば現地調査は不要になりますが、そうはいきません。これが後続作業の負担に影響しますし、現地調査ができない国境離島の様な場合にはどこまで宇宙でできるのかという話にも繋がってくるのです。
まず一つ目の標定精度についてお話しします。水平の標定精度について、生の衛星画像ではもちろん無理なのですが、RPC+GCP1点でスペックをほぼ満たしていることが分かりました。
二つ目の図化精度の検証は3点ほどあります。まず1点目の平面位置について2地区を対象として検証し、道路はおおむね4m、河川は5m、建物は4,5mということでスペックは十分満たしていることが分かりました。2点目の標高点については3.3m必要なところを4.5m程度と満たしておらず厳しいところです。3点目の等高線については、航空測量のデータと比較してもかなり似ており、数値的にも一応の基準は満たしています。ただ、場所によってはかなりオーバーしているため、概ねOKということになっています。ALOS/PRISM画像の標定と図化精度を纏めます。まず標定について、水平はOK、高さはほぼOKです。図化精度について、水平位置はOKですが、等高線は部分的にアウト、標高点についてはかなり厳しい状況です。つまり水平は使えて、標高は注意が必要となります。
3番目の判読性です。これは前述のように後の作業に大きな影響を与えます。道路では、4車線道路は良いが、細い道については判読ができません。建物も大きなものは良いが、普通の建物は難しい場合があります。河川について、2条河川は良いが、1条河川は難しく、植生はできる場合もありますが通常は難しいです。この判読性は他の衛星やパンシャープン画像を使う、SNSその他データを参照することである程度補える可能性があります。
ALOS/PRISM画像の有用性についてまとめると、位置精度は、水平は高い位置精度があり、高さについては困難な場合もあります。判読精度は全体的にやや困難です。よって、ALOS画像は2万5千分の1地形図(25000レベルの電子国土基本図)の作成や修正には有用と言えます。
以上を踏まえると、ALOSの活用は本土から1000㎞以上離れた空中写真がなかなか撮れないような島々については非常に有効です。硫黄島を例にすると昭和54年に改測された地形図を平成19年に修正しました。標高点についてGNSSでのRTK測量や現地調査を踏まえて、飛行場やその付帯設備、水関係などいろいろな施設について地図の更新ができました。同様に、国境離島の島根県竹島の例です。地形の細かいところは他の衛星画像も併用していますが、ALOSの光学画像を使うことで、緯度経度の入った位置の正しい地形図を作ることができました。ALOSの特に有用な点は、前方視・直下視・後方視が一度にできるというところです。前方視の九州と同時に後方視が竹島を観測することができることで、標定が大変正確にでき、正確な位置に竹島を描くことができました。
国の基本図は、地形や土地利用の変化など国土の管理に必要となる基礎的な情報を記録するという意味もありますが、国土の範囲を明示するという国家の主権に関わる重要な役割を果たしています。
次に北方四島の例です。PRISMの画像を使って地形図を初めて作成しました。平成22年から平成26年までかけ、北方四島の2万5千分の1地形図合計76面を整備することができました。全国で約4400面ある2万5千分の1地形図を整備する国土地理院の使命を、2014年7月の印刷図刊行をもって全うできたことはALOSのおかげです。また、北方四島の250m間隔の数値標高データも、作成した地形図からより精細な10m間隔にすることができました。

更にALOSの画像によって地物を更新しています。
例えば、清水庵原球場は、2001年の航空写真には写っていませんが、2006年のALOS/PRISM画像を踏まえて地形図を修正しました。他にも福岡など、日本全国で建物の追加を行っています。特に役に立ったのが、伊勢湾内に建設された施設を地形図に載せたときです。空中写真は狭い範囲しかカバーしないため、陸地に接合させるためには海ばかり十数枚撮影することになります。広域を撮影できる衛星画像だと陸地と新施設が1枚に収まって位置を正確に地図上の中で表現することができます。また、2万5千分の1の地形図のうち、離島については昭和40~50年に作成したものがほとんどです。それら島のうち基準点がない島や無人島は基準点の測量を行わず、別の方法で位置を求めたため、位置の誤差がありました。例えば須美寿島(東京都)の場合は、50m以上ずれていましたが、ALOS画像を基に位置を正確に直しました。多くの離島の位置の確認にもALOS画像を使用しました。

ALOS光学画像の有用性と先進光学衛星ALOS-3へ向けた取組についてまとめます。
国土地理院は25,000レベルの電子国土基本図(2万5千分の1の地形図)の整備・更新において、ALOSの特徴を生かし有効活用しました。その一部は、ALOSがなければ実現できませんでした。ALOS-3は、精度がさらに向上することから、離島を含む都市計画区域外の25,000レベルの電子国土基本図の更新や、都市計画区域も含めた全国の変化情報の把握に有効活用できる可能性があると考えられます。他にもいろいろありますが、ここでは説明は割愛します。

ALOS-3へ向けて

センサの直下観測分解能や観測範囲など、ALOSとALOS-3の違いは皆さんご存じかと思います。これを地図屋さんの視点から眺めると、ALOS-3ではより詳細に、より広範囲に、より高頻度になり、地図修正への活用の幅がぐんと広がると見込んでいます。具体的には分解能が80㎝になることで、都市計画区域外の更新に使える部分が増えてくるでしょう。ALOSでは、急峻なところや山岳地帯での標高点の図化精度に弱点がありましたが、ALOS-3ならもしかしたら使えるかもしれないと考えられています。更に、変化情報の抽出には日本全国で使えるだろうと考えられています。
もう少し具体的に言うと、分解能の向上に加えて高階調化することで、判読性の向上にもかなり大きな期待があります。ブロックノイズも軽減され、観測頻度も上がります。これによって、国民のニーズにも応えられるだろうと考えています。先程、お話ししたALOSのPRISMと同様の検証作業というのは必要です。実データ・実画像を用いて行う、標定精度・図化精度・判読性の検証は、打ち上げ後直ちに着手する計画です。逆に若干弱点になっている所があります。ALOSのPRISMでは3方向の同時観測が大きな武器でしたが、ALOS-3ではそれがなくなります。そのため、同一パスまたは隣接パスからのマルチビュー画像の取得を検討していますが、実用性の検証が新たに必要になっています。更に、自動抽出も重要と考えており、ALOS-3の性能をできるだけ発揮させるための技術開発にも取り組んでいます。

標高データと人工衛星

暮らしに必要な高さである標高についてお話しします。
標高は、地球観測衛星のリモートセンシングで測れる高さや測位衛星から求められる楕円体高とは少し違います。ここで、ジオイドモデルが重要になるという話をしたいと思います。

まずクイズです。人工衛星で標高を直接測れるでしょうか?
答えはNoで、GPSやカーナビで標高を測ることはできません。
日本各地の高さは、永田町に設置された日本水準原点を起点としています。ここから、水準測量を繰り返して日本全国国道沿いにある約1万7千点の水準点の標高を決め、更にそこを基準に色々な高さが決まります。2022年4月に放送されたNHKの「ブラタモリ」でこれを説明した際、野口アナが「もっと効率的な方法はないんですかね?」とおっしゃっていましたが、残念ながら現状はありません。
理由は、標高の基準である平均海面が凸凹しているからです。水は、重力の強い方へ集まります。また、重力の方向は重い物質の方へわずかに傾くため、重力に直交するジオイドは盛り上がります。地下の物質あるいは地上の地形が不均一なため、標高の基準面は凸凹しています。全球のジオイド高分布では、例えば日本は35mと非常に大きなダイナミックレンジがあり、バングラデシュの海岸ではGPSの高さを測るとマイナス100mと表示されたりするように、不均一です。ですから、GPSでは直接標高が測れません。
同様に地球観測衛星による計測でも直接標高を測れません。何故かというと、衛星では地心直交座標(XYZ)で計測をするわけですが、これらの緯度経度楕円体高に換算すると綺麗で整った地球楕円体からの高さが算出されます。しかし、国民が必要としている標高とは異なります。これらの差がジオイド高です。楕円体高からジオイド高を差し引くことで、暮らしに必要な高さである標高が求まります。今、国土地理院はこのジオイド高分布の整備に取り組んでいます。必要なのは等重力面ではなく等重力ポテンシャル面(ジオイド面)なので、まずは航空重力測量を行っています。全国の航空重力測量によってジオイド面が計算できます。既存のジオイドモデルは、精度が10㎝以上と誤差が大きいものです。楕円体高の精度が良くても、標高の誤差に影響します。そのため、ジオイド高の誤差も数cmにする取組を行っています。令和元年からの4年間でだいぶ進み、2024年に完成する予定です。衛星で直接標高を求めるために、2024年に完成予定の「精密重力ジオイドモデル」を利用していただければと思います。

地図作成分野における衛星への期待

最後に、先進光学・レーダ衛星への期待について纏めます。まず先進光学衛星については、高分解能・高頻度観測によって地図作成分野での活用範囲が広がることが期待されています。更に先進レーダ衛星については、これまでのL-band SAR衛星の開発・運用・解析技術は日本の強みになっています。経済安全保障の観点からも、この強みは継続的に未来へ引き継いでいく必要があると考えており、L-band SAR衛星の継続的な開発・打ち上げが必要だということを強く申し上げます。さらに、ALOS-4の高頻度観測によって社会実装にかなり近づくだろうということが予想されています。

ご静聴、どうもありがとうございました。