データプラットフォームによるデジタルツインの実装 -センシング技術が支える道路維持管理と防災の高度化-

2024年01月22日
  • RESTEC月例講演会
    講演:土橋 浩 氏
    (一般財団法人首都高速道路技術センター 副理事長)

    RESTECでは社内勉強会として毎月1回様々な分野の方にご講演をいただいています。
    インフラ維持管理等のデータプラットフォームを通じたデジタルツイン実装を掲げていらっしゃる一般財団法人首都高速道路技術センター副理事長の土橋様に、8月にご講演いただいた内容をご紹介します。

はじめに

本日は『データプラットフォームによるデジタルツインの実装』と題しまして、ご紹介をさせていただきます。
特に、インフラ維持管理のデータプラットフォーム、あるいはデジタルツインを実装するにあたり、センシング技術が非常に大きな役割を果たしていくのではないかと考えております。センシング技術が支える道路維持管理に加えまして、防災の面における高度化という視点で、お話をさせていただきたいと思います。

社会構造・産業構造の変化とインフラの課題

社会環境・産業構造の変化とインフラにおける課題には、大きく三点あります。
①高度経済成長期以降、集中的に整備されたインフラの高齢化が今後急速に進むことによる構造物の劣化損傷
②生産年齢人口減少に伴う人材・技術者不足
③近年の異常気象による災害の激甚化、首都直下地震、南海トラフ地震等への対応
また、これらに加え、カーボンニュートラル・SDGs・デジタル化・DXの推進への対応も必要になってくると考えられます。

社会環境や産業構造が大きく変化する中、どのようにインフラを整備し、効率的なマネジメント及び防災対策を行うべきでしょうか。まず大前提として、新材料や新工法の活用による高品質で高耐久なインフラの整備が必要不可欠です。それに加えて、点検技術を高度化する、あるいはその結果を診断する診断評価技術の高度化も重要です。さらに、デジタル技術を活用し、各診断結果等のデータをプラットフォームに一元管理することが、生産性を高める観点で非常に重要であると考えています。

インフラマネジメントシステムの開発

デジタル技術を活用し、インフラマネジメントを効率化・省力化・合理化するためには、情報の共有および一元管理を可能とする「データ連携基盤(データプラットフォーム)」が必要です。ここでは、3つのデータプラットフォームの事例をご紹介します。

1) xROAD(道路データプラットフォーム)
国土交通省が”xROAD”の一環として整備を進める「全国道路施設点検データベース」は、国土地理院等の地図基盤上に、これまで整備されていた構造物の諸元データ・点検結果データ等に加え、リアルタイムのデータを載せることができるプラットフォームです。様々な道路橋、トンネル、舗装・土工等のデータがこのデータプラットフォームに集約されます。
民間の方でもアプリケーション開発等にデータを活用できるよう、2022年5月に公開され、閲覧可能なプラットフォームとして機能しています。

2) PLATEAU(3D都市モデルの整備・活用・オープンデータ化の推進)
3D都市モデルの整備・活用などで用いられるプラットフォーム“PLATEAU”も、国土交通省によって進められ、公開されています。3D都市モデルを整備することによって、災害リスク情報の可視化を通じた防災政策の高度化、あるいは、まちづくり・都市開発の高度化に資することが期待されています。東京都においても、このプラットフォームを利用して様々な取り組みが行われています。

  • 3) 首都高のインフラデータプラットフォーム(i-DREAMs®)
    最後に、私が首都高速道路株式会社に所属している時から携わっていた、首都高のインフラデータプラットフォーム” i-DREAMs®”についてご紹介します。
    首都高においても、2000年代からデータベースを用いて構造物の管理をしておりました。しかし、構造物の諸元や点検・補修データに関して、個別のデータベースが存在していました。この形式ですと、各データを調べるにあたり、それぞれのデータベースを立ち上げなければならず、検索に非常に時間がかかっていました。尚且つ、これらは文字情報のみだったため、目的のデータの場所を迅速に把握することも困難でした。そこで、一つの地図情報をベースとしたいわゆるGISに各種データを統合することを考え、GISデータプラットフォームの開発を進めました。

本プラットフォームの詳細な内容が以下の図です。

このように2次元のGISと3次元の点群データが連携した空間に、管理図・台帳・図面・施工記録・点検補修履歴・防災時のハザードマップ等を紐付けします。加えてリアルタイム情報として、平常時における巡回パトロールカーの画像や高速上のカメラ映像、また緊急時においてはセンシングデータやパトロールカーによる点検進捗状況や被災箇所の状況もプラットフォーム上に紐づけられます。

例えば地図上において目的の径間をクリックすると、点検補修履歴、一般竣工図などを含めた全てのデータが一覧で表示され、複数の情報を同時に検索することが可能です。従来は管理番号を確認しながら各データベースにアクセスしていた作業が、非常に簡略化されました。
また同じプラットフォーム上で3次元の点群データを閲覧することも可能です。これにより、オフィスにいながら現場の状況を確認することができます。また、座標を持つ点群データにより、構造物を様々な角度から眺めることができます。道路幅員(ふくいん)の幅など、簡単な計測も可能です。新しい施設を設置する時など、現場へ赴く前に状況の把握をすることができます。


このようなプラットフォームの導入により、資料収集から現場確認のリードタイムは90%短縮されました。また、4.5~5.5人/日必要だった作業が僅か数時間でできるようになり、生産性が約20倍に向上しました。今後は、設計・協議・点検・補修工事の段階についても、データプラットフォーム適用の効果検証を進めていきたいと考えております。
冒頭でも申したように、構造物の高齢化により損傷が増加する一方で、人口減少による技術者・点検員の人材不足の問題に伴い、コスト増が懸念されています。これに対してプラットフォーム導入による合理化を図ることで、コストが縮減されます。構造物の高齢化・人材不足の状況下でも維持管理を適切に実施するために、本プラットフォームが開発されました。

総合防災情報システムへの展開

i-DREAMS®のようなプラットフォームは、平時の管理のみならず、災害時・緊急時の管理を行うプラットフォームとしてシームレスに使用することができます。これを私は「フェーズフリー・データプラットフォーム」と呼んでいます。


例えば、リアルタイム情報をプラットフォーム上における周知事項掲示板に書き込むことで、本社の対策本部と現場との間で迅速に情報共有ができます。従来は本部・現場の動きに関して電話やFAXを用いてやり取りしていましたが、このプラットフォームを用いることで関係者全員の間でリアルタイムな情報共有が可能になりました。

デジタルツインによるインフラマネジメント

プラットフォームをさらに高度化する上で、インターネット・高速通信(5G/6G)の利用は不可欠です。加えて、昨今はクラウド技術も進化し、通信ネットワーク環境も整備されつつあります。この技術的な進化に合わせて、システム面も変えていく必要があります。従来の「レガシー化」した(=一つのシステムに全ての機能を備えた)システムでは、部分的な変更が生じる度にシステム全体を見直す必要がありました。今後のシステム作りにおいては、機能単位で開発する「モジュール化」を行い、機能同士が「疎」の結合状態、つまり変更しやすいように設計されたシステムが求められると考えております。

このようなデータ連携基盤を作るにあたって、ポイントとなることを少し述べたいと思います。
まず全体のアーキテクチャの設計が非常に重要です。さらに、機能や仕様の変更があった場合でも全体システムの機能を損なわない、つまりシステム間の相互接続性や高い拡張性を持たせる必要があります。そのためには、API部分を標準化し、分散型のアーキテクチャの採用により、常に進化する技術へも対応可能なシステム設計をすることが重要です。
もう一つ重要なのは、データの更新です。古いままのデータでは誰にも使われないため、データ更新も管理上とても重要です。また、この更新をどのようにシステマティックに行うかという点もポイントになると思います。

デジタルツインを構成する技術

「デジタルツインを構成する主な技術は何か」が、本日の講演のメインテーマです。
データ駆動型のマネジメントでは、データ・情報を現場から集める、つまり現場の見える化/可視化 (Visualization) をすることが大きな目的です。そして、これらの情報を繋げて (Connected) 統合する (Integrated) ことによって、“Intelligence” に変えます。データを、あるいは人や技術を繋げることで、新たな価値・新しいインフラマネジメントが誕生するのではないかと期待しています。
ここで、3つの重要なキーワードをご紹介します。1つ目は「リモート」、2つ目は「非接触・非破壊」、そして3つ目は「オンライン・リアル」です。これら3つのキーワードが、今後の様々な維持管理の場面において、重要になると予想しております。

さらにデジタルツインを支える技術も発展しておりまして、下記のようなものがございます。
◇IoTやIoTデバイス(センサー、超高速・高精度カメラ、電磁波等)、スマートフォン
◇AI(機械学習、ディープラーニング等)、画像解析、音声解析、BIツール
◇通信ネットワーク(クラウド、5G、LPWA)、ブロックチェーン
◇XR(VR、AR、MRなど)、メタバース
◇高度な解析(非線形・3次元)技術
◇自動制御、ロボティクス、SLAM技術

ここまで「デジタル技術による現場の見える化」についてお話をさせていただきました。関連して、カンブリア紀のビックバンの話をさせていただければと思います。
以前、東京大学の松尾豊教授が、とあるシンポジウムでカンブリア紀のビッグバンに関する本をご紹介されていた際、印象に残ったことがありました。一説によると、5億4300年前は現存する生物の原形が出揃った時期と言われています。そして一番重要なポイントは、この時期に生物が初めて『眼』を獲得したことです。これにより捕食方法の進化が起こり、さらには捕食者からの回避能力がつきました。動物にとって途方もなく大きな一歩です。
私は、現在インフラでも同じようなことが起きているのではないかと想像しています。松尾先生によると、AI(ディープラーニング)の誕生により、『眼』を持った機械が生まれ、『眼』を持つことで、これまで機械ではできなかった作業の自動化が可能となったとご説明されていました。これをもう少し私なりに解釈してみますと、以下の図のようになります。

さらに、デジタル技術による可視化の進化に伴って、付加価値も向上していくのではないかと想像しています。そのためには、異分野技術・異業種の技術の融合や、産学の競争オープンイノベーションによる新たな点検技術・センシング技術の開発が必要になります。これはまさに、『新たな眼』の誕生です。加えて、3次元の解析技術・画像解析によって『眼』から得られた情報の精度が向上し、「複眼的視覚野」が開発されます。これをデータプラットフォームに統合し、ビッグデータとして解析することによって、課題の見える化やスクリーニングが可能となり、技術者が経験や思考に基づいて判断を行うためのサポートがなされます。
今後インフラのマネジメントは、従来の延長線上ではなく非連続的かつ指数関数的な改革が進められ、それに伴って生産性も上がり、サステナブルな社会の実現に繋がるのではないかと考えております。

インフラマネジメントで求められるセンシング技術

インフラマネジメントで求められるセンシング技術の事例について、いくつかご紹介させていただきます。
まず情報を収集するIoTデバイスは、非常に多様化しております。以前はMEMSセンサーや環境センサー等を中心に使用しておりましたが、今ではカメラ・スマートフォンが強力なツールになっています。加えて、電磁波(レーザー、レーダー)もIoTデバイスとして活用できます。更に、人工衛星やドローン等を活用したセンシング技術も進化を遂げています。これらのようなセンシング技術を活用してモニタリングを行うことによって、可視化がますます進み、社会問題の解決が図れるものと考えております。


  • 具体的な事例をいくつかご紹介します。

    まずは、AIの画像認識によるコンクリート構造物のひび割れ検出技術です。従来、例えばコンクリート構造物の近接目視点検では、構造物に近接し、ひび割れの状態を目視点検していました。この近接目視点検に代わるものとして、様々なひび割れ検出技術があります。下の図はその一例である富士フィルムの「ひびみっけ」という技術で、画像からひび割れ0.2ミリ以上のひび割れを自動で検出します。これにより、今まで目視で作業していたものを、カメラ画像等から検出することが可能になりました。

  • 次にご紹介させていただく事例は、パシフィックコンサルタンツ、計測検査、三菱電機、ウォールナットが共同開発した走行型高速3D計測システムによるインフラ点検・診断技術です。

    車両にビデオカメラやレーザースキャナー、あるいはレーダーを搭載し、トンネル内における様々な異常を検出するものです。トンネル内を走行し、カメラで画像を撮影し、ひび割れを検出します。また、レーザーによって得られる点群データからは変状を検出します。さらに、レーダーによって、構造物の内部を点検します。このような技術を兼ね備えた車両を開発し、現在実証中です。
  • また、現在一番注力しているのはフェーズフリー・プラットフォームの事例です。

    地震発生時には、橋桁の間のずれや橋脚の傾きを検出する技術が非常に重要です。高速道路は震度5強以上になりますと全面通行止めになります。これにより車両が滞留した中をパトロールカーが走行して点検するには、非常に時間がかかります。実際、3.11の東日本大震災の時には、地震発災後にすぐさま点検に入ったにもかかわらず、首都高全線を点検するのに一昼夜かかりました。「3時間」を目標に点検を実施したいと考えておりますが、その場合、センシング技術活用による現場の状況把握が必要不可欠です。そこで、現場に設置するセンサー開発並びにセンサーとプラットフォームを繋げるような開発を現在進めております。

総括いたしますと、現在様々なセンシング技術=『眼』が発達しております。したがって、その内の一つだけではなく、様々な『眼』を複合し活用することによって、より精度の高い結論が得られるのではないかと考えております。そして今後はその精度を高めていくことが重要と予想されるため、いくつかの事例をご紹介させていただきました。

将来展望 インフラマネジメントの未来に向けて

将来的には、インフラのプラットフォームと他分野のプラットフォームが繋がり、Society5.0の実現にも寄与するのではないかと考えております。以下の図は、私が描いているSociety5.0実現に向けたイメージです。

真ん中にあるのがデータプラットフォームで、このサイバー空間上に様々なデータが集約されます。IoTデバイス以外にも人工衛星の合成開口レーダーやUAV等からの情報が集約され、これらのデータを活用することによって、防災・維持管理に留まらずモビリティにも活用することができます。
さらには、医療や農業などの他分野のプラットフォームとも連携することによって、都市を支える全体的なプラットフォームとして機能していくのではないかと期待しております。

以上で私の説明を終了いたします。ご清聴どうもありがとうございました。