水産業のスマート化とJAFICの取組

2022年12月09日
  • RESTEC月例講演会
    講演:和田 時夫 氏
    (一般社団法人漁業情報サービスセンター会長、当財団評議員)

    RESTECでは社内勉強会として毎月1回様々な分野の方にご講演をいただいています。
    スマート水産業への取組について、9月に水産・海洋分野の専門情報機関JAFICの和田会長にご講演頂いた内容をご紹介します。

はじめに

わが国周辺の”水産資源の維持・回復”と“水産業の成長産業化”を目的に、産学官が連携し、ICTやロボット技術の活用、情報のデジタル化を通じた水産業のスマート化を推進しています。漁業情報サービスセンター(JAFIC)も水産・海洋分野の専門情報機関として、漁海況情報サービス、衛星データ利用、漁業データ管理などに関するノウハウと実績を背景に、このスマート化の取組に参画しています。
本日は水産業のスマート化の背景と狙い、JAFICの取組、今後に向けた課題と展望について、私の私見も交えながらご紹介します。

スマート化の背景とねらい

わが国の水産業の現状とスマート化のねらい

わが国の水産業が抱える課題の背景には、成熟したわが国社会の課題、すなわち“資源・環境・エネルギー制約の拡大”、“少子高齢化の進行”、この結果としての“人口減少による内需の縮小”があります。加えて、水産分野では地球温暖化影響の顕在化、需給関係の不安定化が差し迫った課題となっています。こうしたなかで、わが国の水産業の規模の目安とも言うべき水産物の需給関係の規模の縮小が続いており、最近では1980年代末のピーク時の半分になっています。
近年のわが国の海面漁業の生産量の変化を魚種グループ別にみると、マイワシをはじめとする小型浮魚類が変動しながらもほぼ横ばいであるのに対し、それ以外の魚種グループは軒並み減少傾向にあります。この背景には、乱獲や気候変動によって、わが国周辺の水産資源そのものが減少・変動していることがあります。また、まぐろ・さけ・えびが代表例ですが、国内市場のニーズと実際の国内生産との間にはギャップがあり、市場ニーズが低い魚種の生産・流通が抑制されている可能性も否定できません。
海面養殖業については、近年は、年間生産量が約100万トン前後で横ばいですが、魚類・貝類・海藻類の3つが同じような割合で生産されているのが特徴です。わが国の養殖業は、主に国内市場向けに生産が行われており結果的に需要に限界があることや、気候変動の影響や漁業制度によって養殖に適した漁場には限りがあることなどにより、生産が伸びず停滞しています。加えて、世界的に水産物への需要が高まるなかで価格も上昇を続けており、これまでと同様に水産物の輸入を続けることが年々難しくなりつつあります。さらに、漁業・養殖業の就業者の減少・高齢化も続いています。こうした状況から、水産物の安定供給の確保や水産業そのものの持続可能性の向上を図ること、そのために水産資源の維持・回復や漁業の構造転換と生産性の向上を図り地球温暖化にも対応していくことが、水産業のスマート化の狙いです。

水産資源管理の強化・拡充

水産資源は、親が子を産む再生産により維持・更新される生物資源であり、持続的に利用するためには常に一定量の親を確保することが必要です。2018年の漁業法の大幅改正を機に、水産資源の評価と管理の考え方が、それまでの資源量の水準と資源の動向の組み合わせに基づくものから、MSY(Maximum Sustainable Yield:最大持続生産量)に基づいたものに転換されました。MSYというのは資源に対する漁獲の強さを媒介に、親と生まれてくる子の量の関係(再生産関係)と、生まれた子世代が成長して重量が増加する一方、漁獲や他社による捕食などにより個体数が減少するなかで、漁獲の強さと子世代から期待できる生産量の関係(加入当たり生産量関係)の2つを組み合わせることで計算されます。今後は、MSYを与える親魚量と漁獲の強さ基準にして資源の状態を評価し、管理方策を決めていくことになりました。MSYには、再生産関係が気候変動や種間関係などによっても変動するため、一定の値として決めることは難しいとの批判もあります。しかし、理論的に明快で理念として分かり易いこともあり、国連海洋法条約をはじめとする国際的な取決めのなかで、資源管理の目標や基準として幅広く採用されています。
わが国では、2021年度に17種26系群(系群:資源評価の単位)についてMSYベースの資源評価に着手しました。その結果は、親魚量の点でも漁獲の強さの点でもMSY水準をクリアしたものは6種6系群で全体の20%にとどまり、それ以外の11種20系群については、親が少なすぎるか、漁獲が強すぎるか、あるいはその両方の具合が悪いというもので、漁獲の仕方に改善の余地があることが示されました。
近年のわが国の海面漁業における動力漁船(エンジンの付いた漁船)の隻数は一貫して減少しており、1995年~2020年で全体では6割程度減少しています。特に総トン数5トン未満の小型漁船の減少が激しいものの、総トン数5.0~9.9トン、10.0~19.9トンの階層は比較的一定の水準を維持しています。現在では、これらの階層が沿岸漁業・沖合漁業の主力となっています。一隻当たりの漁獲量は、漁業生産全体を対象とした場合、2000年頃以降は概ね横ばいから若干増加しています。しかし、近年増加が著しいマイワシを除くと横ばいから減少傾向にあり、わが国周辺の水産資源の多くが減少傾向にあることを示唆しています。加えて、まぐろ類など一部の魚種で国内的あるいは国際的に漁業規制が厳しくなっていることも、一隻当たりの漁獲量の減少に一定の影響を及ぼしていると思われます。
わが国の国内漁業について、漁業種類別の漁獲量の動向をみると、あじ・さば・いわしなどの浮魚類を対象とするまき網漁業、船びき網漁業、定置網漁業や、複数の魚種を対象とする底びき網漁業では、漁獲量はほぼ一定の水準を維持しているか、減少するとしても緩やかです。それに対して、単一の魚種を対象とする漁業や沿岸性の水産生物を対象とする漁業では、漁獲量がかなり減っています。具体的には、サンマ棒受網漁業やいか釣漁業、沿岸での刺網、まぐろはえ縄漁業、かつお一本釣漁業、採貝採藻業などです。こうした漁業では、最近の燃油の高騰や船員確保の困難性が厳しい経営に追い打ちをかける状況となっています。
以上のような資源状態の悪化や漁業生産の減少に対応するためには、漁業操業データの拡充を通じて資源評価対象種の拡大と評価精度の向上を図り、資源管理を強化する必要があります。また、対象資源の状況に応じた漁業構造の改革、すなわち漁船規模の適正化や経営の集約化、漁具・漁法転換、漁獲対象種の拡大なども必要です。

地球温暖化への対応

地球温暖化への対応も水産業のスマート化における重要課題の一つです。海面水温の長期変動をみると、過去100年間に全球平均では0.56℃上昇していますが、わが国周辺ではその倍の1.19℃上昇しています。わが国周辺の水温変動には、十年~数十年規模の変動が見られ、最近では1990年頃からの上昇が顕著です。こうした水温の上昇にともない、海洋生物の分布・回遊の変化、北日本をはじめとする夏季の海洋熱波の頻発による養殖対象生物の成長悪化や斃死、海洋の成層化が進むことによる餌料プランクトンの生産への影響などが指摘されています。また、海水中の二酸化炭素の濃度が増えることで酸性化が進み、炭酸カルシウムの殻や骨格を持つ生物の初期発生に影響を及ぼしています。温暖化にともなう海面水位上昇も、干潟の喪失による沿岸域の浄化機能の低下や漁業施設への高潮被害の拡大につながります。加えて近年は、台風の強大化や集中豪雨の頻発など、気象現象の極端化も指摘されており、漁業・養殖業へも大きな影響を及ぼしています。
これまで地球温暖化への対応としては、漁海況情報を利用して操業の効率化を図る、適地適作の推進によって対象種の転換を図る、新たに利用が可能になった魚種を上手に使う、高温耐性のある品種を育種で作るといった、温暖化への適応や影響緩和に主眼をおいた取組が進められてきました。例えば、従来は東シナ海や瀬戸内海が主な産地であったサワラは、水温の上昇にともなって日本海の中部から北部、太平洋側では東海地方にまで分布を拡大し、地域ブランド化が進められています。こうした取組を後押しする上では、年々の分布・回遊の状況や資源の見通し、各地の市況の情報が重要であり、JAFICとしても情報の提供に努めています。
一方、2050年のカーボンニュートラル宣言を背景に、温室効果ガスの排出削減がクローズアップされています。現代の水産業は比較的エネルギー消費の多い産業であり、再生可能エネルギー利用の促進、動力の水素化、省エネ技術の導入、食品ロスの削減などを通じた生産・流通・消費過程の効率化を図ることが大事になっています。また、ネガティブエミッションの一つとして、海藻や海草などのブルーカーボンによるカーボンオフセットも注目されています。今後、積極的な藻場・干潟の維持・保全、海藻の増養殖によるCO2吸収の促進、ブルーカーボンのクレジット化を通じた水産業の活性化といった動きが出てくるものと思われます。

JAFICの取組

JAFICの沿革と主な業務

JAFICは、わが国の経済成長に伴い漁業生産が拡大途上にあった1972年に、都道府県や漁業団体をはじめとする会員に向け、漁場環境、漁場形成・移動、市況情報(各地の水揚げ量や入荷量、価格等)などの漁業や海洋環境に関する情報(漁海況情報)を一元的に収集・整理、配信することを目的に、水産庁所管の社団法人として発足しました。その後順次サービスの対象海域や内容を拡充するとともに、衛星情報についても、水温分布の作成を手始めに技術開発と各種サービスへの組込みにも継続して取組んできました。この過程ではリモート・センシング技術センター(RESTEC)の皆様にも大変お世話になり、この場を借りて改めて御礼申し上げます。
1990年代に入り、国連海洋法条約の批准、マイワシ資源の激減、インターネットの普及によるICT環境の変化などにともない資源評価や管理関係の業務(データベースの構築や運用・管理)が増えてきました。この頃に洋上の漁船を対象に、衛星通信を介したインターネットによるリアルタイムでの海況・気象情報の配信サービス「エビスくん」の運用も開始しました。わが国周辺の漁場環境変化も激しくなり、資源管理も一層強化されるなかで、環境情報についてのサービスや水産業のスマート化、資源管理や成長産業化関連への取組を強化しながら今日に至っています。
現在のJAFICの活動の柱の一つは、従来から続けてきた漁海況情報の配信や気象情報の配信です。最近では、衛星情報(画像・数値データ)の都道府県水産試験場への提供や、前述の「エビスくん」による洋上の漁船への海況・気象情報のリアルタイム配信を行っています。また、国内主要港への水揚情報や費地市場の入荷情報を「おさかなひろば」の名称で、JAFICの会員や登録ユーザーへ提供しています。
近年になって新しく業務の柱となったものとして、水産資源の評価・管理の支援やスマート水産業への対応などがあります。水産資源の評価・管理に関しては国際資源や国内の漁獲量管理の対象種(まぐろ類等)の漁業操業データの集計・管理の他、水産研究・教育機構が中心となって取組んでおられる資源調査事業への参画、最近問題となっている赤潮や大型クラゲをはじめとする有害生物のモニタリングに対応しています。スマート水産業への対応としては、漁獲情報の一元的収集・利用体制の構築、水産・海洋情報ネットワークや水産版データ連携基盤の構築、それらを活用していただくためのGIS研修の実施などに取組んでいます。

漁獲情報の一元的収集・利用体制の構築

わが国の漁業は、伝統的な沿岸漁業に産業的な沖合・沿岸漁業が加わって発展し、その過程で多様な漁業が発達し、様々な水産資源を利用してきました。そのため、魚種、漁期・漁場、漁具・漁法、漁船の規模などで漁業を分けることにより、多様な漁業の棲み分けを図ってきた経緯があります。その結果として、一つの資源に対して複数の漁業と漁業管理主体(国や都道府県)が存在することになりました。したがって、効果的な資源の評価や管理を行うための、漁業や管理主体を超えた一元的な漁獲情報の収集が必要となりました。
そこでJAFICが中心となり、国の補助事業として、都道府県、漁協、市場運営企業、システム開発企業の皆様にご協力いただき、市場や漁協の販売管理システムから必要な情報を抜き出して自動的に国の漁獲報告システムに転送するためのシステム改修を行っています。全国400か所の市場や漁協を目標に改修を進めており、令和4年度中にはほぼ達成できる見込みです。都道府県の行政や試験研究機関で一旦集計されている場合は都道府県のデータシステムから転送するよう改修を進めています。また、漁業者が直接取引されている部分については、漁業者がスマホやタブレットで使える報告用アプリケーションを開発しており、すでに滋賀県で先行運用が開始されています。産地市場や漁協からのデータの受皿となる国の漁獲報告システムの構築についても、国の委託事業として、JAFICが関係の機関や企業と連携して構築を進めています。
一方で課題もあり、これまで都道府県や国が独自に漁業管理を行っていたため、漁獲報告の内容や様式が異なっています。また、各市場・漁協において、多様な地方名或いはサイズによる銘柄で集計が行われており、標準化には複雑なコード体系や変換テーブルが必要となります。データを使う段階でもデータ出力や閲覧機能、様式が複雑化することが予想されるため、実際に運用していく中で順次改善が必要であると考えています。

漁船へのリアルタイム情報サービスの実施

前述の「エビスくん」では、海況については衛星情報や協力いただいている漁船からの情報に各種の公開情報を加えてJAFICで整理・解析したものを、気象情報については(一社)気象業務支援センターから有償で入手したものを提供しており、現在約700隻の漁船に利用いただいています。海況は配信当日の現況、いわゆるナウキャストです。気象情報は1日4回更新しており、選択したある地点の1週間先までの情報を閲覧できます。衛星通信料が高額であるため、現状では一部を除き陸から洋上への一方的な情報提供となっていますが、今後、小型衛星のコンステレーションなどにより通信コストが下がれば、船と陸での双方向通信によるIoTの活用も可能になると期待しています。
年や季節によって漁場が大きく変動するサンマ・アカイカ・カツオ・ギンダラ・スルメイカについては、「エビスくん」を通じて漁場形成予測情報を提供しています。特に漁場形成に及ぼす海面水温の影響が大きいサンマについては、2020年から過去の海面水温と漁場の分布を教師データとして、AIの深層畳み込みニューラルネットワークを用いた漁場形成予測を行っています。「エビスくん」で提供する配信当日の水温に対応してその日の夜の漁場を予測する形になっています。最近では資源の減少に伴い、漁場が沖合に分散して形成され教師データの確保にも苦労していますが、実用に耐える予測を維持しています。
数日先の様子が知りたいという利用者のご要望にお応えするため、JAFICで海洋数値モデルを開発し予測に応用しています。具体的には、Rutgers版ROMS(Regional Ocean Modelling System)をベースとしたモデルを開発し、オープンソースの海洋数値モデルHYCOM(HYbrid Coordinate Ocean Model)の出力結果を初期値、NOAAのGFS(Global Forecast System)の気象予測値を外力として、北太平洋全域を対象に初期値の計算日を起点に5日先までの海況予測を行っています。時差の関係や漁場予測の計算に一定の時間を要するため、実際にこの予測結果が使えるのは予測結果の配信当日から2日先までのものになります。もちろん、計算の先延ばしは可能ですが、精度を確保していくためには何らかのデータ同化のプロセスを組み込む必要があります。それには相当な手間を要するため、精度の向上とのバランスを見ながら考えていきたいと思っています。いずれにしても、この漁場予測システムを、サンマ以外の魚種にも展開していければと考えています。

「エビスくん」提供画面サンプル(出典:JAFICホームページ)

水産・海洋情報ネットワークの構築

水産版のデータ連携基盤を構築する第一段階として、水産庁の委託事業により各地の沿岸・内湾に設置されている海洋観測ブイのネットワークを構築中です。これは電子メールで送信・蓄積したデータをWeb APIを活用してダウンロードし、WebアプリやWeb GISを使って解析・表示するほか、関連情報とも連携・統合させるというシステムです。現在、試験研究機関や漁業団体、通信プロバイダーの皆様と、ネットワークの拡大に取組んでいます。今後は調査船や標本漁船が取得したデータへも拡張することを考えており、より総合的な水産・海洋情報ネットワークへ発展をさせたいと考えています。
この海洋観測ブイネットワークや将来のデータ連携基盤の活用のモデルとして、Web GISによる情報の可視化と統合にも取組んでいます。フリーウエアのWeb GISソフトであるQGISを用いて、APIによる各種データ連携、多様なプラグインソフトによる処理と表示を可能とするシステムを開発しています。Web GISの利用を通じて、新たな情報の創造やデータの付加価値の向上を目指し、ひいては沿岸・内湾域の漁業・養殖業の課題への対応を図っていきたいと思っています。このため、都道府県担当者を対象にWeb GISの研修会を実施しています。Web GISを活用する上での基本情報の1つが衛星データであり、そのなかでも沿岸域の水温環境や水質環境を高精細に把握できる「しきさい」(GCOM-C)の活用を意識しています。先日はJAXAとRESTECが連携して都道府県の担当者向けに衛星利用に関する研修会を開催され、JAFICも参加させていただきました。今後も、このような研修をどんどん進めていきたいと考えています。

技術情報の広報

JAFICが最近刊行したオンラインの技術情報誌『JAFICテクニカルレビュー』には、本日お話したような水産業のスマート化に関連した技術情報を掲載しています。専門の学会誌などと比べると拙いものではありますが、今後も年2回のペースで刊行していきたいと考えています。ぜひJAFICのHPからご覧いただき、ご意見など頂ければ大変ありがたいと存じます。

JAFICテクニカルレビュー


今後へ向けた課題と展望

スマート化の方向性

今後の水産・海洋分野のスマート化は、ニーズの多様化に対応した各種データの統合的利用が基本になると考えています。漁業や養殖業の自動化や遠隔制御のためのIoTの拡大、それにともなう自らの生産活動にともなう各種データの記録と活用も進んでいくと見込まれます。また、カーボンニュートラルを意識した取組も今後の方向性の一つであると考えています。こうした動きに対応して、他分野や他業種からの新規参入の拡大、利害関係者の拡大、新規イノベーションの導入の他、IoTの利用の拡大に合わせたハードウェアとソフトウェアの組み合わせや連携も重要になると考えています。こうした動きを支えるためには、データ連携の促進、水産資源・海洋モニタリングの維持・強化、CO2排出削減への貢献があり、更にスマート化の目的・役割の変化と対応の見直しも必要になると考えています。

水産版データ連携基盤の構築とデータ利活用のルール化

水産・海洋分野のスマート化の過程における多様なニーズに対応するためには、水産・海洋分野の情報と他分野の関連情報の総合的・統合的な利用が不可欠であり、そのためにデータ連携基盤を構築・運用していく必要があります。水産・海洋分野においては、水産資源や海洋環境、安全関係など公的なデータの比重が大きく、資源・海洋モニタリングの実施や情報利用のためのインフラ整備などについては、公が中心となることが必要です。また、わが国の水産業は小規模な経営体が多いことから、データ利用にあたっても公的な試験研究機関が介在することが必要です。一方、IoTの導入など個別の経営体の生産性の向上につながるような部分については、ベンチャーやスタートアップを含めた民間の積極的な取組が不可欠です。JAFICとしては、資源管理のためのシステムを中心とした公的な部分と、成長産業化のためのシステムを中心とした民間主導の部分の2つが繋がって、水産・海洋分野のデータ連携基盤が有効に機能すると考えています。将来のデータ利活用の活発化や水産・海洋分野におけるデータビジネスの育成を考えると、データ連携基盤の構築は公が担うにしても、運用は民間が主体となることが重要であると考えています。
データの利活用にあたっては、データ提供者保護と同時にデータ利用者の活動の保障が重要で、契約によって権利・義務関係を明確にすることが必要です。水産分野の特徴として、伝統的に同業者間や地域内でのデータ利用・共有が中心で、信頼関係をベースにデータや得られた成果をやり取りしてきました。一方で、データは無体物のため関係法令による保護には限界があり、契約によってデータ提供者の権利の保護とデータ利用者の活動に対する保障を、バランスよく行うことが大切です。水産庁は、法律家を含む有識者のグループによる検討を経て、契約のポイントや事例を示したガイドラインを策定し、2022年3月に第1版を公表しています。更に、データ連携基盤を介したデータ利用に関する拡充について現在検討中であり、JAFICも協力して普及のための分かり易い要約版の作成も進んでいます。こうしたガイドライン作りと合わせて、生産者が情報開示することが付加価値となるような仕組みづくり、例えばトレーサビリティの強化なども今後重要になると思われます。

水産資源・海洋環境モニタリングの強化

地球温暖化の進行にともない、わが国周辺の水産資源の変動や漁場環境の変化が激しくなっています。また、水産物需要の世界的な拡大にともない、外国漁船の活動も活発になってきています。こうした中で、漁海況情報サービスに対するわが国の漁業者の皆様の依存度が一層高まっており、公海や隣接国のEEZを含めた資源・漁場環境の状況把握が益々重要になっています。その一方で、公海域で操業するわが国の漁船数は減少しており、隣接国のEEZ内の調査は事実上できない状況が続いています。加えて、国内の調査機関の体制縮小や予算の制約などにより調査船によるモニタリングの範囲と密度が低下しています。このために、数は減ったとはいえ漁船の情報や世界に展開する商船からの情報を積極的に利用するとともに、衛星リモートセンシングや数値モデリングを組み合わせて、総合的に資源・海洋の状況把握をすることが必要になっています。これは安全保障(海洋状況把握:Maritime Domain Awareness)の観点からも重要な課題ではないかと考えています。
さらに、衛星リモートセンシングをベースに基礎生産を含めた海洋環境の現況把握を行い、これを海洋生態系や水産資源の動態モデルを組み合わせることで、中長期的な漁場生産性や魚種別資源動向の予測が可能になるのではないかと考えています。前述したサンマの漁場形成予測のように、今日や明日どこに行けばいいのかという具体的な漁場の予測は難しいのですが、資源の分布・回遊パターンの変化や資源の増減の動向については一定の見通しが得られるものと考えています。こうした情報を国内や国際的な資源管理に反映させることで、水産資源の保全や漁業操業の効率化が可能となり、中長期的な経営戦略の策定や計画的な流通などにも貢献できるものと考えています。JAFICとしても、これまでのノウハウや情報の蓄積を踏まえて、こうした取組にもチャレンジをしていきたいと考えています。

CO2排出削減へ向けた取組

現代の水産業は、漁船漁業や水産加工業をはじめエネルギー消費に依存した産業です。このため、これからのスマート化を考える上でCO2をはじめとする温室効果ガスの排出削減も重要なテーマです。総合エネルギー統計(資源エネルギー庁、1990年度~)によれば、年度別のCO2排出量は、漁業では漁船数が減少していることもあり減少傾向にある一方、養殖業は横ばいからむしろ最近は増加しています。生産量当たり排出量では、漁業は変動しながらも一貫して増加をしており、養殖業は一旦減少したものの、2000年前後を境に急激に増加しています。この背景として、漁業の場合は、資源が減っているなかで漁獲量を維持するために洋上での漁場探索活動が活発になっていること、養殖業の場合は、作業の自動化の促進や閉鎖循環式陸上養殖の活発化にともない、機器の作動や水温調節のためのエネルギー使用が増加していることなどが背景にあると推察されます。いずれにしても、2030年に2013年比で排出量を46%削減するという目標を達成するためには、具体的な数値目標と手段を決めて計画的に実行していく必要があります。CO2排出削減の視点から、現在進めているスマート化の取組を点検し、再生エネ利用や省エネ・省CO2技術を組み合わせ、足りないところはブルーカーボンによりオフセットするなどの対策を具体的に考える必要があります。
これまでは水産資源の維持・回復と水産業の成長産業化を主な目的として水産業のスマート化に取組んできました。しかし、温暖化対応や新型コロナウイルス感染症のパンデミック、ロシアのウクライナ侵攻などによって、水産物の需給関係が世界的に不安定化するなかで、スマート化の目的・役割も、水産物の安定供給の確保、水産業の持続可能性の向上、温室効果ガスの排出削減の促進などに変化しつつあるように感じています。技術の進歩や社会情勢の変化に応じた規制の緩和や撤廃、資金や技術面での支援の拡充、研究開発の促進、IoTの導入や再エネ利用促進のためのインフラの整備、他分野・地域との連携が、これからのスマート水産業を推進する鍵になってくるものと思います。農林水産業は自然環境と食文化に立脚した産業です。スマート化のゴールとして、自然的・社会的変化に応じた漁業・養殖業の最適化あるいは、地域に根差した持続可能な食料システムの構築を目指すことも一つの方向ではないかと考えています。

おわりに-JAFICのこれから

おわりに、今後へ向けたJAFICの方向性について、日頃の部内での議論をご紹介します。
基本はデータ連携のハブ機能の形成・発揮であろうと考えています。関係機関・団体・企業の皆様と連携し、水産・海洋分野のデータ連携基盤の構築と運用にJAFICも加わり、そのなかで各種の情報サービスを充実させていきたいと考えています。その上で、ご紹介したようなデータの統合的利用や予測機能の強化を図っていきたいと考えています。特に衛星情報を軸に漁船操業情報や水揚情報などの統合・総合化、数値モデルを活用した漁海況予測の展開を考えたいと思っています。また、沿岸域の課題に対する助言機能についても、都道府県水産試験機関や関係機関の皆様とともにデータ連携基盤やGISの活用を進める過程で強化していきたいと考えています。さらに、わが国の漁業の主な活動範囲である北西太平洋全域を対象に、漁海況情報の収集・分析機能の強化を図っていきたいと考えています。
いずれにしても、衛星情報をいかに上手く利用するかがポイントになりますが、衛星情報の利活用につきましてはリモート・センシング技術センターの皆様には、これまでも大変お世話になってきました。この場を借りて厚く御礼申し上げるとともに、今後ともよろしくお願いいたします。
ご清聴ありがとうございました。

一般社団法人漁業情報サービスセンター