二宮 正士(東京大学)
人口の増加や食遷移(より豊かな食への移行;穀物から肉類へ)により、2050年には地球の食料が大幅に逼迫すると予想されており、肥料、農薬、水、エネルギーの適切な利用など環境保全をはかりながら、食料を持続的かつ安定的に増産することが必要となっています。また、21世紀に入ってから気候変動の影響が深刻となり、持続的・安定的増産への大きなリスクとなっており、既に日本でも高温による品質悪化なども起きています。日本の農業生産では、量だけではなく品質の担保も重要で、品質の良いものを生産しなければ農家の収益は上がりません。また、高品質の農産物を生産すれば、日本農業の国際競争力強化にもつながります。そのため、気候変動への適応策は高品質維持にも配慮したもので無くてはなりません。
以上の背景を踏まえ、本研究は、次の2つを主な目的として、主要な高品質水稲生産地である北陸3県を対象に、現地の農業試験場などと連携して実施しています。
1つ目の目的である高品質を担保するための情報提供については、以下の成果が得られました。
一般に高温下で米の品質が低下しますが、一方で栽培方法によっても品質は大きく変わり、とくに肥料栽培条件が品質に影響することが分かりました。つまり、施肥の量やタイミングを上手に管理することで、高温下でも高品質の米を生産できるということです。そこで、気温・日射量等の環境条件から生育時期や収量を予測する水稲の生育モデルに加え、新に品質予測モデルを開発して組み合わせることで、収量だけでなく、施肥条件によって品質がどのように変化するかも予測できるようになりました。(図1)
さらに、水稲との輪作が行われているオオムギや、将来輪作の可能性があるコムギの生育モデルも開発して、水稲・オオムギ・コムギモデルを組み合わせた輪作体系シミュレーションを実現しました。これにより、気候変動下での輪作体系の検討が可能になりました。
高温下、気候変動下でも安定的に高品質の米を生産できるような指針や情報提供システムができました。栽培適期や施肥管理に関する情報等は、既に現場に提供しており、富山県や福井県の農業試験場が指導に活用しています。(図2)
水稲の生育予測には、近未来の気象データ等が必要ですが、気象データの予測は中長期(2〜3ヶ月先)になると信頼性が低下し不確実性が増大します。そこで、過去のデータのばらつきを活用して予測値のばらつき程度も合わせて示せるようになりました。
2つ目の目的である作期や水管理に関する施策決定の支援に関しては、気候変動下で将来農業のために使える水量や水温の年間変動予測を行うモデルを開発しました。これらにより、品質に影響する水田の水温管理や将来の水利・水路設計等の水管理施策ための指針を提示できるようになりました。
これらの作物モデル群や水モデル群を利用するための基盤として、地域の農業現場で使用するための高精度の気象データ(1kmメッシュ気象データ)を整備しました。また、水稲やムギ類の生育をモニタリングする機器を開発し、気温、日射量など環境条件に加え時系列画像も収集できるようになりました。時系列画像を利用しながら、水稲の生育量を自動的に解析することや、これまで目で見て判断していた開花や出穂の時期を自動的に予測したりする方法を開発しました。(図3)これらモニタリングとモデルを組み合わせることにより、さらに精度の高い生育予測が可能となることが期待できます。
今回開発したモデル等で示される流域水量、流域水温、イネ・麦類の輪作体系シミュレーションなどを組み合わせることにより、将来どのように農業を進めればよいかの指針の基礎となる情報を提供できるようになりました。また、これらの情報は、水路、排水路、暗渠等の設計にも役立ちます。得られる情報は、一緒に研究を進めてきた農業試験場等の行政機関等を通して、さらに現場に届くようにしたいと考えています。